「移動する人類」が活躍する未来を予測していた
1972年、世界的建築家である黒川紀章氏の代表作が誕生しました。それが銀座に立つ、中銀カプセルタワービルです。日本国内はもちろんですが、海外、その中でも特に建築やデザインに関わる外国人からの評価が高く、今でも多くの観光客が訪れます。その特徴的な外観は「メタボリズム」の思想を体現したものです。2本のコアシャフトに、140のカプセルが取り付けられています。カプセルは約25年毎に交換されることで新陳代謝を実現するという想定です。この建物でもう一つ重要なのは、黒川紀章は将来、交通や通信技術の発達により、様々な場所を移動し続ける人類=「ホモ・モーベンス」が誕生すると予想していたことです。黒川氏はそこで、短期間だけ滞在できる、個人のための極小スペースが都市に必要だと考えたのです。カプセルの10平米という大きさは、この移動する人類を想定した設計です。この黒川氏の描いた予想図は、ラップトップさえあればどこでも仕事できてしまう現代の姿そのものです。また、近頃話題の「ミニマリズム」に通底するものを先取りしていたとも言えるかもしれません。
予想を超えた使われ方
新陳代謝を目指したこの建築は、実際には竣工から48年経った今でも一度もカプセルが交換されたことはありません。ですが、カプセルが交換されなかったためにこそ、室内のリノベーションが様々に進化してきています。竣工当時のオリジナルのデザインを再現する人。意匠にこだわり、アンティークな内装にしたり、はたまた完全な和室にしたり。コロナ禍でのオフィスに利用したり、DJコスプレイヤーがSNSでプレイを配信したり……カプセルタワーはまるで最近のスタイルを待っていたかのように見事に適応しています。備え付けのデスクにノートパソコンを置いて作業したり、靴箱用の除湿器を見つけてきたりと、この特別な空間を使いこなす工夫の数々は眺めていて飽きることがないほどです。解体の危機
管理組合で建て替えが議論された2014年、カプセルタワーを愛する住人とオーナーにより「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」が結成されました。設計当初の意図どおり、カプセル交換することでメタボリズムを実現することを目的に、さまざまな活動を行ってきました。本書の刊行もその活動の1つです。しかし、このコロナ禍の影響を受け、カプセルビルは未だかつてない危機に立たされています。もしかしたら、カプセルタワービルは解体されてしまうかもしれません。ある利用者はこう言っています。「窓の外を見ていると、1時間に2~3人くらいは向かいの歩道橋から写真を撮っています。面白さ、楽しさは住んでいる人だけのものではない、それがほかには見られないカプセルタワーの役割」だと。優れた建築は、そこに実在してこそ、街と人々にその魅力で貢献することができるのではないでしょうか。
たとえ結果的に解体されたとしても、ここで紹介する20のカプセルが中銀カプセルタワーの記憶として、多くの人々の心に刻まれることを願ってやみません。
[書き手]中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト
代表、前田達之。中銀カプセルタワービルの保存と再生を目的に、2014年にオーナーや住人とプロジェクトを結成。見学会の開催や1か月単位で宿泊できるマンスリーカプセルの運営、取材や撮影のサポートをおこなう。編著書に『中銀カプセルタワービル 銀座の白い箱舟』(2015年、青月社)『中銀カプセルガール』(2017、青月社)などがある。