書評
『ペンギンの憂鬱』(新潮社)
主人公は動物園からペンギンを引き取り、ミーシャという名をつけて飼っている売れない作家のヴィクトルです。でも、一羽だけコロニーから離されたミーシャは鬱病気味。〈ヴィクトルは孤独だったけれど、ペンギンのミーシャがそこへさらに孤独を持ちこんだので、今では孤独がふたつ補いあって、友情というより互いを頼りあう感じになっている〉という具合に、ミーシャとヴィクトルは互いの姿を写しあう分身のような関係にあるのです。ある日、ヴィクトルに新聞社から死亡記事を書く仕事が舞いこみます。ところがそのうち、まだ生きている大物政治家や軍人、財界人の追悼記事をあらかじめ書いておく仕事を頼まれるようになり、しかも、そのVIPたちはヴィクトルが記事を書き終えるそばから次々と死んでいくのです。ひょんなことから預かるようになった少女ソーニャとベビーシッターのニーナを新たに疑似家族に加えたヴィクトルの身辺に、やがて、何やらきな臭い匂いが漂うようになって――。
ヴィクトルは四十歳になろうとしているのに自分の身ひとつもてあましてる宙ぶらりん男。情況に流されるように、どんどんドツボにはまっていくヴィクトルのありさまは、たしかにソ連崩壊後ウクライナが独立した直後に犯罪が横行しマフィアが暗躍した、この作品の舞台キエフという都市を寓意的に示しているのでしょう。でも、そんな政治的な読み方一辺倒ではつまらない。愛すべきダメ男が成長しようとして果たせないアンチ・ビルドゥングスロマンとして、犯罪小説として、クライマックスなき恋愛小説として、そして何よりペンギン小説として素直にこの奇妙な物語を愉しめばよいのではないでしょうか。村上春樹や小川洋子の小説が好きな方におすすめできる、ミステリアスな読み心地の寓意小説なのです。(著者註▼二〇〇四年十一月十五日、「婦人公論」にこの原稿を送りました。したら、編集者から「合併号で一号分抜けるから、今回は原稿いらないんですよ~。打ち合わせの時、そうお伝えしましたよね~」と云われました。……そういうわけで“未発表”です)
【この書評が収録されている書籍】
ヴィクトルは四十歳になろうとしているのに自分の身ひとつもてあましてる宙ぶらりん男。情況に流されるように、どんどんドツボにはまっていくヴィクトルのありさまは、たしかにソ連崩壊後ウクライナが独立した直後に犯罪が横行しマフィアが暗躍した、この作品の舞台キエフという都市を寓意的に示しているのでしょう。でも、そんな政治的な読み方一辺倒ではつまらない。愛すべきダメ男が成長しようとして果たせないアンチ・ビルドゥングスロマンとして、犯罪小説として、クライマックスなき恋愛小説として、そして何よりペンギン小説として素直にこの奇妙な物語を愉しめばよいのではないでしょうか。村上春樹や小川洋子の小説が好きな方におすすめできる、ミステリアスな読み心地の寓意小説なのです。(著者註▼二〇〇四年十一月十五日、「婦人公論」にこの原稿を送りました。したら、編集者から「合併号で一号分抜けるから、今回は原稿いらないんですよ~。打ち合わせの時、そうお伝えしましたよね~」と云われました。……そういうわけで“未発表”です)
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