書評

『中間航路』(早川書房)

  • 2024/03/09
中間航路 / チャールズ・ジョンソン
中間航路
  • 著者:チャールズ・ジョンソン
  • 翻訳:宮本 陽一郎
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(239ページ)
  • 発売日:1995-12-01
  • ISBN-10:4152079819
  • ISBN-13:978-4152079817
内容紹介:
「中間航路」とは、アフリカの奴隷を西インド諸島やアメリカに運ぶ航路。ニューオリンズを出航した奴隷貿易船がたどる数奇な運命。ユニークな娯楽性とショッキングな告発性を兼ね備え、めくるめく大冒険旅行に誘ってくれる。

超弩級の興奮と快楽

チャールズ・ジョンソンというアメリカの作家がいる。この人の『中間航路』(原題“Middle Passage”)という小説がどんなにすごい小説か、それを多くの友人にどうすればうまく紹介できるか、この半年、そのことを折にふれ考えていた。

たとえば、この小説は一九九〇年の全米図書賞を受賞したとか、ニューヨーク・タイムズ・ブックレヴューの「メルヴィルの『白鯨』の伝統を確かに受けついだ大胆で、かつ魅惑的な小説」といった讃辞を引いたところでつまらない。じゃあ、まず粗筋だけでも述べようか。

……奴隷から自由の身になったばかりの泥棒稼業の黒人青年が乗り込んだのが、アフリカの黒人を狩り集めてアメリカに運ぶ奴隷船で、その船の中での迫力ある冒険とサスペンスにみちた海洋小説、と、こうなるのだが、これでは誰一人書店へ走らせることはできない。

とにかく僕は夢中で読んだ。超弩級の興奮と快楽に久しぶりに酔った。おそらくかつての『百年の孤独』以来のこと。いや、僕はいまやマルケスに感じるけれん味を少々敬遠気味なのだが、ジョンソンには全くそれがない。マルケスは、百年という時間と、マコンドという町の中に、ラテン・アメリカの草創期を封じ込めたが、ジョンソンは、小さな奴隷船リパブリック号の中だけで、しかもたったの五ヵ月の航海時間の中に、黒人奴隷の歴史とアメリカ合衆国草創期を描き切ってみせた。みごとな達成だ。

これでも褒め足りない。そうだ、そもそも僕はこの小説のことをどこで耳にしたのだったか。そこのところを説明しなければ……。今年四月、山田詠美さんが「チュウカンコウロッテイイワヨ。ホント! スッゴクイイワヨ!」と耳打ちしてくれたんだった。

「そう、そんなにいいの」

出てまもないというし、すぐみつかるだろうと出版社の名もきかず別れた。ところが八重洲BCにも東京堂にもない。そこで別の件で山田さんにハガキを書いた折、チュウカンコウロミツカラズと訴えたところ、三日と置かず手配して届けてくれた。といった顚末でやっと『中間航路』を読むことができたわけで、山田詠美さんに感謝。

さて、主人公の黒人青年・ラザフォードは、情の濃すぎるイサドラとニューオリンズ暗黒街の親分パパ・ゼリングの脅迫から逃れようと奴隷船にもぐりこむ。ところがこれが牢獄より始末が悪い船で、黒人をアフリカから連れてきて暴利を貪っているファルコン船長は、子供ほどの背丈しかない歪みに歪んだ悪党だが、妙に深遠なところもある怪物。船員も水夫も全員揃ってあぶれ者。さらに、アフリカで積み込まれた黒人奴隷四十人ほどのアルムセリ族の男女というのがアフリカきっての魔術使いの猛者(もさ)どもだ。おまけにファルコンは、船倉深くに或る魔物を梱包して閉じ込めてある。こいつを売れば奴隷よりももっと金になる、と彼はいう。正体は、森羅万象すべてを支え、統(す)べるアルムセリ族の神だ。これに近づいた者はみんな気が狂ってしまう。

リパブリック号は嵐につぐ嵐に遭遇して船体も人もボロボロになる。乗組員によるファルコンに対する謀反の企て、アルムセリ族の決起と、三つ巴の騒乱の中で、ラザフォードはファルコンの密偵、水夫たちの同志、黒人としてアルムセリ族の友人という背反する立場を使いわけての大活躍。読み手は、船倉の「神」のとんでもない正体に直面させられたかと思うと、あっと驚く結末へと導かれる。

【この書評が収録されている書籍】
新版 熱い読書 冷たい読書  / 辻原 登
新版 熱い読書 冷たい読書
  • 著者:辻原 登
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(452ページ)
  • 発売日:2013-08-09
  • ISBN-10:4480430881
  • ISBN-13:978-4480430885
内容紹介:
古典、小説、ミステリー、句集、学術書……。文字ある限り、何ものにも妨げられず貪欲に読み込み、現出する博覧強記・変幻自在の小宇宙。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

中間航路 / チャールズ・ジョンソン
中間航路
  • 著者:チャールズ・ジョンソン
  • 翻訳:宮本 陽一郎
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:単行本(239ページ)
  • 発売日:1995-12-01
  • ISBN-10:4152079819
  • ISBN-13:978-4152079817
内容紹介:
「中間航路」とは、アフリカの奴隷を西インド諸島やアメリカに運ぶ航路。ニューオリンズを出航した奴隷貿易船がたどる数奇な運命。ユニークな娯楽性とショッキングな告発性を兼ね備え、めくるめく大冒険旅行に誘ってくれる。

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 1996年6月12日号~1997年12月14日号

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