書評
『新版 江戸から東京へ〈1〉麹町・神田・日本橋・京橋・本郷・下谷』(中央公論社)
幕末・明治を伝える得がたい記録
「江戸から東京へ」は歴史・文学散歩のはしりともなった読み物である。報知新聞の社会部記者だった挿雲が、部長の野村胡堂からたのまれて同紙に連載したのがこの連作で、大正九年から十二年の関東大震災の日までつづき、その後二度にわたって書き加えられた。しかし震災以前に書かれたものが主となっているだけに、幕末や明治の面影をのこしていた当時の雰囲気を伝えており、得がたい記録となっている。その特色は、八百屋お七、鈴木主水(もんど)、丸橋忠弥、河内山と直侍、夜嵐おきぬや石井常右衛門などといった芝居や講談でおなじみの人物の挿話を縦横にとりこみ、読んでおもしろい地誌にまとめている点だ。おまけに井伊大老が今日生きていれば、「赤いネクタイの会」の会長にもあたろうと、井伊家の赤備えについて書いたりするなど、きわめて軽妙な筆致をみせ、それが興味をひく。なおこのタイトルは当時流行語ともなった。
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