書評
『グラン・ヴァカンス―廃園の天使』(早川書房)
人工知能の幻想美
いつかAI(人工知能)が人類の知性を超える可能性は、SFの中だけじゃなく、現実世界でもわりあい真剣に検討されていて、“2045年問題”などと呼ばれている。コンピュータが今のペースで進歩しつづけた場合、その頃にはもう、人間よりも賢くなって、その先どうなるか予測できない地点(技術的特異点=シンギュラリティと名づけられている)に到達するんじゃないか……。もっとも、「ターミネーター」のような映画と違って、SF小説の中では、AIが人類に叛旗(はんき)を翻すケースのほうが珍しい。たとえば、飛浩隆の第一長編『グラン・ヴァカンス』(ハヤカワ文庫JA)を見てみよう。
小説の舞台は、ネット上に広がる大規模な仮想リゾート、数値海岸(コスタ・デル・ヌメロ)の一画にある、古めかしくて不便な(という設定でデザインされた)町、〈夏の区界〉。外界からやってくる人間の客をもてなすため、この町にはAIが配置されているが、人間の訪問がぱったりやんだ“大途絶”から、すでに千年。ほったらかしにされたAIたちは、同じ夏の一日を永遠にくりかえしている。
オンライン・ゲームで言えば、人間のプレーヤーがアクセスしなくなったサーバー上で、自律的な知性を持つキャラクターが自分たちだけで勝手に生きているようなもんですね。小説の主人公は、彼らAIたち。だが、こののどかな夏休みは、突如、終わりを告げる。〈蜘蛛〉と呼ばれる謎のプログラムが町を襲い、〈夏の区界〉を侵食しはじめたのだ……。
物語は、鳴き砂の海岸で流れ硝視(ドリフトグラス)を探す場面で優雅に幕を開け、同じ海辺で静かに幕を閉じる。圧巻は、〈夏の区界〉の成り立ちが徐々に明かされる後半の謎解きと、シュールなイメージに満ちた鮮烈なスプラッタ描写。映画「ザ・セル」や「インセプション」、あるいは押井守の「イノセンス」のように、仮想現実を舞台に選ぶことで、幻想小説のグロテスクな美をSFの文脈に鮮やかに移しかえている。本書の前日譚にあたる連作集『ラギッド・ガール』もすばらしいので、併せてぜひ。
西日本新聞 2015年7月8日
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