書評

『グラン・ヴァカンス―廃園の天使』(早川書房)

  • 2017/07/18
グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉  / 飛 浩隆
グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉
  • 著者:飛 浩隆
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(494ページ)
  • 発売日:2006-09-01
  • ISBN-10:4150308616
  • ISBN-13:978-4150308612
内容紹介:
仮想リゾート"数値海岸"の一区画"夏の区界"。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしてい… もっと読む
仮想リゾート"数値海岸"の一区画"夏の区界"。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしていた。だが、それは突如として終焉のときを迎える。謎の存在"蜘蛛"の大群が、街のすべてを無化しはじめたのだ。わずかに生き残ったAIたちの、絶望にみちた一夜の攻防戦が幕を開ける-仮想と現実の闘争を描く『廃園の天使』シリーズ第1作。

人工知能の幻想美

いつかAI(人工知能)が人類の知性を超える可能性は、SFの中だけじゃなく、現実世界でもわりあい真剣に検討されていて、“2045年問題”などと呼ばれている。コンピュータが今のペースで進歩しつづけた場合、その頃にはもう、人間よりも賢くなって、その先どうなるか予測できない地点(技術的特異点=シンギュラリティと名づけられている)に到達するんじゃないか……。

もっとも、「ターミネーター」のような映画と違って、SF小説の中では、AIが人類に叛旗(はんき)を翻すケースのほうが珍しい。たとえば、飛浩隆の第一長編『グラン・ヴァカンス』(ハヤカワ文庫JA)を見てみよう。

小説の舞台は、ネット上に広がる大規模な仮想リゾート、数値海岸(コスタ・デル・ヌメロ)の一画にある、古めかしくて不便な(という設定でデザインされた)町、〈夏の区界〉。外界からやってくる人間の客をもてなすため、この町にはAIが配置されているが、人間の訪問がぱったりやんだ“大途絶”から、すでに千年。ほったらかしにされたAIたちは、同じ夏の一日を永遠にくりかえしている。

オンライン・ゲームで言えば、人間のプレーヤーがアクセスしなくなったサーバー上で、自律的な知性を持つキャラクターが自分たちだけで勝手に生きているようなもんですね。小説の主人公は、彼らAIたち。だが、こののどかな夏休みは、突如、終わりを告げる。〈蜘蛛〉と呼ばれる謎のプログラムが町を襲い、〈夏の区界〉を侵食しはじめたのだ……。

物語は、鳴き砂の海岸で流れ硝視(ドリフトグラス)を探す場面で優雅に幕を開け、同じ海辺で静かに幕を閉じる。圧巻は、〈夏の区界〉の成り立ちが徐々に明かされる後半の謎解きと、シュールなイメージに満ちた鮮烈なスプラッタ描写。映画「ザ・セル」や「インセプション」、あるいは押井守の「イノセンス」のように、仮想現実を舞台に選ぶことで、幻想小説のグロテスクな美をSFの文脈に鮮やかに移しかえている。本書の前日譚にあたる連作集『ラギッド・ガール』もすばらしいので、併せてぜひ。

ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉  / 飛 浩隆
ラギッド・ガール―廃園の天使〈2〉
  • 著者:飛 浩隆
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(496ページ)
  • 発売日:2010-02-10
  • ISBN-10:4150309833
  • ISBN-13:978-4150309831
内容紹介:
人間の情報的似姿を官能素空間に送りこむという画期的な技術によって開設された仮想リゾート"数値海岸"。その技術的/精神的基盤には、直感像的全身感覚をもつ一人の醜い女の存在があ… もっと読む
人間の情報的似姿を官能素空間に送りこむという画期的な技術によって開設された仮想リゾート"数値海岸"。その技術的/精神的基盤には、直感像的全身感覚をもつ一人の醜い女の存在があった-"数値海岸"の開発秘話たる表題作、人間の訪問が途絶えた"大途絶"の真相を描く「魔述師」など全5篇を収録。『グラン・ヴァカンス』の数多の謎を明らかにし、現実と仮想の新たなる相克を準備する、待望のシリーズ第2章。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉  / 飛 浩隆
グラン・ヴァカンス―廃園の天使〈1〉
  • 著者:飛 浩隆
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(494ページ)
  • 発売日:2006-09-01
  • ISBN-10:4150308616
  • ISBN-13:978-4150308612
内容紹介:
仮想リゾート"数値海岸"の一区画"夏の区界"。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしてい… もっと読む
仮想リゾート"数値海岸"の一区画"夏の区界"。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしていた。だが、それは突如として終焉のときを迎える。謎の存在"蜘蛛"の大群が、街のすべてを無化しはじめたのだ。わずかに生き残ったAIたちの、絶望にみちた一夜の攻防戦が幕を開ける-仮想と現実の闘争を描く『廃園の天使』シリーズ第1作。

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初出メディア

西日本新聞

西日本新聞 2015年7月8日

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