前書き

『[ヴィジュアル版]貨幣の歴史』(原書房)

  • 2021/07/08
[ヴィジュアル版]貨幣の歴史 / デイヴィッド・オレル
[ヴィジュアル版]貨幣の歴史
  • 著者:デイヴィッド・オレル
  • 翻訳:角 敦子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2021-06-22
  • ISBN-10:4562059184
  • ISBN-13:978-4562059188
内容紹介:
貨幣の起源、ヴァーチャルなお金、マネーの力学と金融バブル、キャッシュレス社会、貨幣の心理学まで、人類とマネーが織りなす物語。
カカオ豆、タカラガイの貝殻、クジラの歯、真鍮の棒、巨大な石の円盤、羽根、ビーヴァーの皮、紙のカード、タバコ、デジタルデータベース……。

これらに共通するものは何か?

そう、これらはみな貨幣として用いられてきた。

お金はわたしたちの日常生活に欠かせない要素である。本書『[ヴィジュアル版]貨幣の歴史』は、数千年前に遡る貨幣の起源、銀行券や為替手形などバーチャルなお金、マネーの力学と金融バブル、仮想通貨とキャッシュレス社会、行動経済学から貨幣の心理学まで、魅力的な小説のようにも読める人類とマネーが織りなす物語です。本書から「はじめに」を特別公開します。
 

貨幣(マネー)の役割と本質に迫る

本書のテーマ、貨幣(マネー)は生活の中できわめて重要な役割を果たしている。ところがその実体は案外わかるようでわからない。それはとらえどころがないというだけでなく、そもそもの定義からして一筋縄ではいかないからだ。

貨幣、それは金属片であったり紙、あるいは今日では一般化している預金口座の単なる数字であったりする。その何が人をこれほどまでに支配しているのか。

さらには貨幣がたえず形を変え続けられるのはなぜなのか。これから見ていくように、海岸で拾ったタカラガイの貝殻から木の棒、コンピュータで採掘(マイニング)したビットコインにいたる全てが、貨幣としての機能を果たしてきた。そうしたものに価値を吹きこむ秘められた本質とはいかなるものなのだろうか。

貨幣(マネー)には多面的で相反する特性がある。それを思うとその概念をとらえるのはなおさら難しいように思える。たとえば幸いにも先進国世界で暮らす人々は、全体的に見れば歴史上のどの時代の人々より豊かで富を手にしている。ところが意識調査ではつねに、金銭問題がストレスの主な原因になっているのだ。

わたしたちはできるだけ多くの金銭を得ようとする。それで幸せになると思うからだ。経済学用語でいうと、効用を最大化しようとしている。また金銭を手にすれば確かに天にも昇る心地になったりもする。宝くじが買われるのはそのためだ。

ところが実証的研究によると、金銭で幸せになるのはある程度までで、あまり追求の度が過ぎると不幸に突き進むはめになるという。経済的に繁栄している都市で、鬱病や自殺の発生率が増えつつあるのはそのためだ。物質的な豊かさとメンタルヘルスは、どういうわけか両立しないようだ。

客観的に考えると、重視すべきなのは絶対的な富だ。つまり純資産のことで、他人の純資産と見比べる相対的な富ではない。だが世間一般の人は後者にこだわり、自分より少しでも余計に儲けている者と自分を比較しがちだ。2019年には、英BBCのラジオ番組であるリスナーが、あなたは年間8万ポンドのお給料をもらっているのだから、給与所得者の上位5パーセントにいますよ、といわれて猛反発した。

「上位5パーセントなんてとんでもない。いいですか、上位50パーセントにだって届いていないんだから」

BBCはすぐさま事実確認をした。それによると年収2万5000ポンドで上位50パーセントに入り、8万1000ポンドで上位5パーセント、あるいは世界では上位1パーセントに属するという。金持ちになっても実感がないのは珍しくない。

金銭は矛盾だらけ

金銭のことを考えれば考えるほど、矛盾しているように見えてくるのは確かだ。もうひとつ例をあげよう。通貨の決定的な特徴に、富の安定した基準とされていることがある。ただし、貨幣の力学は変動が激しい。それはバブルと恐慌が果てしなく繰り返されていることからもよくわかる。またこうした傾向が金融化の進んだ世界経済の特徴にもなっている。

経済学者の中には、貨幣は形のある物では決してなく、抽象概念として見たほうがよい、と論じる者がいる。法定通貨をバーチャルで扱う現代では、確かにうなずける考え方だ。だがもしそうなら、支払いをするとき大事なものを手渡しているような気分になるのはなぜだろう。

貨幣は、価値の概念を明確かつ客観的にして合理的な選択を可能にすると考えられている。またどちらかというと退屈で抽象的なテーマとして扱われることもしばしばだ。カネ勘定の議論は新聞のビジネス欄に任せておけば十分というわけだ。

それでも金銭の話題は強い感情を引き起こす。その証拠に、本や映画で金銭を筋書の重要要素としている例は無数にある。人間関係のレベルで、金は人を結びつけることも反目させることもある。金銭をめぐる争いは離婚の主な原因となっている。それは国際関係の場でもいえることだ(ユーロ圏の財政危機など)。

経済学者は貨幣の専門家ではない!?

経済学者は貨幣にかんする専門家であるはずだと思うかもしれない。だが実をいうとその研究対象において貨幣の果たす役割は驚くほど小さい。主流派経済学者は長いあいだ貨幣を軽視するか無視してきた。そしてそのもの自体としてではなく、単なる測定基準としてしか扱っていない。

2007年から翌年にかけての金融危機が最後の最後まで予見されなかったのは、経済学者が用いたモデルで銀行が考慮されていなかったからだ。イングランド銀行元総裁のマーヴィン・キングは、かつて次のように指摘した。「大半の経済学者の話には、『貨幣(カネ)』という言葉はほぼ出てこない」セックスや権力と同じく、貨幣(カネ)には公の場で議論するのをはばからせる力がある。

本書はこの興味をそそるテーマを解明しながら、こうした無数の疑問と懸念に取り組み、そのために貨幣の物語をたどっていく。その歴史は最古の貨幣が出現したおよそ3000年前から、金融ハブが世界各地の都市に存在する現代にいたる。

 

古代から現代までの貨幣の変化

本書の内容をざっと紹介しよう。第1章は、古代メソポタミアの会計制度の一形態としての貨幣のルーツと、古代ギリシャ・ローマでの硬貨の出現と伝播からスタートする。第2章では、中世に貨幣によって明らかになったもうひとつの側面にスポットを当てる。この時代には硬貨が不足し、それを埋めあわせるために小切手や為替手形、最初の銀行券といった、バーチャルな手段が徐々に取り入れられた。

第3章では、ヨーロッパの新世界征服とともに金属が地位を見事に奪還する経緯を見ていく。金本位制はなぜ何百年ものあいだ、世界の金融秩序の土台になったのだろうか。第4章では、不換通貨の出現について論じる。議論は、18世紀初めにパリで初の紙幣を発行したジョン・ローから始まり、21世紀の訪れとともに創設されたユーロへと発展する。

第5章では、アダム・スミスの時代から経済学が学問分野として発展する中で、貨幣というテーマをどのように扱ってきたか、あるいは扱ってこなかったかを考える。また第6章では貨幣の力学が金融のバブルと危機を導く仕組みを探っていく。第7章では、仮想通貨とキャッシュレス社会の到来について考える。そして最後に第8章では行動経済学といった、経済学への新たな取り組みに目を向ける。貨幣についてはいかなる事実を、そして経済史からはどのような教訓を学べるだろうか。

ひと言断っておきたい。貨幣は当然ながら複雑で世界的な現象であり、その歴史はさまざまな糸で織りなされている。本書の探究で注目するのは、とりわけ西洋において貨幣と経済思想の発達がどのように共進化してきたかである。なぜならこれから述べるように、わたしたちの金銭にかんする考え方が、一般的な貨幣制度を形成し、逆に貨幣制度によって形成されてもいるからだ。

カネはものをいうといわれている。それならその言い分に耳を傾けてみよう。まずは古代の会計官と出会うところから話を進めたい。それはこの奇怪で気まぐれで、創造的、予測不能で、しばしば危険でもあるものを最初に発明した人々である。

[書き手]デイヴィッド・オレル(作家・応用数学者)
1962年、カナダ、エドモントン生まれ。オクスフォード大学で博士号(数学)取得。IntroducingEconomics:A Graphic Guide やBehavioral Economics:Psychology、 Neuroscience and the Human Side ofEconomics、Quantum Economics and Finance: An AppliedMathematics Introduction など、数学モデルを応用した経済学、また経済や気象、遺伝学など複雑なシステムの予測に関する著書がある。カナダ、トロント在住。
[ヴィジュアル版]貨幣の歴史 / デイヴィッド・オレル
[ヴィジュアル版]貨幣の歴史
  • 著者:デイヴィッド・オレル
  • 翻訳:角 敦子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2021-06-22
  • ISBN-10:4562059184
  • ISBN-13:978-4562059188
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貨幣の起源、ヴァーチャルなお金、マネーの力学と金融バブル、キャッシュレス社会、貨幣の心理学まで、人類とマネーが織りなす物語。

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