前書き

『ミラーリングの心理学:人は模倣して進化する』(原書房)

  • 2021/09/15
ミラーリングの心理学:人は模倣して進化する / フィオナ・マーデン
ミラーリングの心理学:人は模倣して進化する
  • 著者:フィオナ・マーデン
  • 翻訳:大槻 敦子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2021-08-07
  • ISBN-10:4562059397
  • ISBN-13:978-4562059393
内容紹介:
誰かを模倣し、誰かに模倣されて人は学ぶ。メンターからSNSまで、ミラーリングのロールモデルはどのように作用するのか?
誰かを模倣し、誰かに模倣される「ミラーリング」によってニューロンは活性化され、人間と社会は進化した。そして人間は生まれてから生涯を閉じるその日まで、周囲にいる誰かを模倣し、自分も模倣され続けている。ミラーリングとはどのように作用するのか? そしてよりよい生と社会を実現する方法は? それらを記した書籍『ミラーリングの心理学』より序文を特別公開する。

ミラーシステムはなぜ重要なのか

大切にしている1枚の写真がある。まばゆい初夏の日、写真のなかのわたしは2歳の小さな頭にぶかぶかの祖父の中折れ帽をかぶり、縁の厚いメガネを斜めに鼻にのせて、ピクニックシートに座っている。祖父はさくらんぼの刺繍のついたわたしの小さな黄色い帽子をちょこんと頭にのせて、そんなわたしを見つめ返している。

その帽子はわたしが祖父を笑顔にしたくてのせたらしい。祖母の死後、祖父が声を上げて笑ったのはそれが初めてだったという。それが本当で、かくも幼い年齢で祖父の悲しみを一瞬でも和らげる方法がわかるほど自分が賢く、また思いやりを持っていたのだと思うといい気分になる。

だが現実には、おそらくわたしはほかのすべての子どもと同じように、自分が見たものを手本にして、何も考えずに祖父の行動をそっくりまねて――ミラーして――いただけだったろう。それが祖父を笑わせたのだ。

模倣は人間だけの能力ではない。「同族」の行動を見てまねることはあらゆる学習に不可欠だ。母猫の毛づくろいを見ていた子猫が、まだできないにもかかわらず同じ行動をとろうとしているのに気づいたことがあるだろうか? あるいはラッコが石で貝を割っているようすを見たことがあるかもしれない。幼い子ラッコは貝割り行動を実際に見て、何度か自分で試してみて、それからようやく貝を割れるようになる。

模倣するからこそ、哺乳類はさまざまな場面でどのように行動すればよいかがわかる。ときに意識して、たいていの場合は知らず知らずのうちに、わたしたちは観察、模倣、習得、反復しているのである。

一見すると、この行動形式はごく基本的なもので、幼いときにのみ行われるように感じられるが、模倣がなければ、個体として、また種全体としての存続が危うくなる。実際、このミラーリングの力こそが今日にいたる人類の進化を可能にしたのだ。

そして、意識的なミラー・シンキングは人類の未来の可能性を開くカギとなりうる。そのためには、脳の奥深くに埋め込まれているミラーニューロンシステムの驚くべき機能をうまく操る方法を身につけなければならない。

 

脳と進化

ヒトの脳が現在の大きさに進化したのは、社会的な相互作用の効果を上げるためだった。一段と多くの事例がその可能性を指し示すようになってきている。

はるか昔の祖先が生きていた時代、他者との関わりが生き残りのチャンスを高めた。大きな集団で暮らしていれば、大型の獲物を狩り、幅広い選択肢のなかから繁殖の相手を選んで、多数の目でライオンなどの敵を見張ることができると同時に、子どもを育てたり守ったりする責任を分担することができる。

脳が大きくなると、集団の異なるメンバーについてより多くの情報を蓄え、複雑な相互関係を記憶して、だれがだれと何をしているのか、また避けるべき相手と味方になるべき相手を見きわめることができるようになる。それらはみな、他者と協力してうまくやっていくために重要なものごとであり、この先で詳しく述べるが、すべてミラーニューロンシステムに頼っている。

この脳の進化によって、人類は高度な社会性を持つようになったのにくわえて、ほかのいかなる生物種もおよばないレベルで、学習したものごとを共有できるようになった。

知識の継承がもともとは社会性のメカニズムを通して生まれたものだと考えることは理にかなっている。知識は、見る、行動する、語る、心のなかでイメージすることで、世代から世代へと引き継がれていく。

知識の継承がなければ現在のわたしたちは存在しなかった。スマートフォン、水道、感染症を治療する抗生物質、あるいは世界を飛び回るための飛行機もなかった。それらはみな、もっとも初歩的なレベルから始まった何千年にもわたる集団学習の積み重ねの上に作り上げられたものである。家の建設にたとえるなら、まず基礎を作らなければ屋根をかけるどころではない。骨組みがなければ垂木は組めない。

大きな脳は当初、たとえば火のおこし方といった、もっとも基本的なものごとの知識を共有するために用いられていた。火の力を利用できるようになった人類は、ほかの動物よりも大きな進歩を遂げた。ヒトという種全体が、それまで食べられなかったものに火を通して食料源を増やし、密生した下生えを焼き払ってそれまで住むことのできなかった土地を手に入れ、捕食動物を追い払って、明かりと温もりを得た。

たったひとりの人間がひとつの場所で火をおこせるようになっても、だれもそれをまねしなければ、その偶然の発見はその後何百年ものあいだ繰り返されないままかもしれない。知識を共有して積み重ねていかなければ、たんなるひらめきで終わってしまう。わたしたち人間は今も同じように、反復による知識の継承を行っている。荒れ野で生き延びる方法は必要ないけれども、つねに社会規範や集団の変化について知識を習得して、周囲の人々に引き継いでいるのである。

その知識の習得を動かしているのはわたしたちの脳であることから、まずは脳の構造を理解しておくとよいだろう。わたしにとって、脳の説明でもっとも役立つモデルは、1960年代後半に提案されたものである。ポール・マクリーンは、進化の始まりからその変化が止まった5万年前までのあいだに脳の構造がどのように発達したのかを示そうと「脳の三位一体説」を考案した。

マクリーンは、脳が現在の大きさと容量に進化しながらも、その内側ではなおも昔のふたつの基本的な構造が層になって保たれていると考えた。その3層はきわめて特異な構造と化学的性質を持っており、互いにつながっているにもかかわらず、刺激に対してまったく異なる反応を見せる。

脳幹と呼ばれる第1層は爬虫類のものに似ていて、およそ3億2000万年前に進化した。この部分は心拍数、呼吸、体温といった基本的な機能を監視している。

辺縁系として広く知られている第2層は、およそ1億6000万年前に爬虫類が哺乳類に進化したときに発達した。これは、食べる、寝る、身を守る、子孫を作るといった基本的な欲求を司っており、大まかには脳の感情的な部分と述べてよいだろう。

新皮質として知られる第3層はおよそ5万年前に進化した脳の最後の部分である。この外側の層こそが人間をもっともきわ立たせている部分だ。そこは自分を取り巻く世界から得る経験で満たされるようになっていて、生まれてくるときは白紙の状態である。わたしたちは人生の最初の数年で、その神経回路網に、それぞれの社会や文化に特化した情報をすみやかに植えつけていく。そうすることで、周囲の人々の文化、価値観、考え方に「溶け込み」、社会で暮らしていくことができるようになるのである。

最初の2層のおもな目的は、人間でもほかの動物と同じだ。すなわち、繁殖と自身の生存である。本書の目的に合わせて、ここではそれを「反応脳」と呼ぶことにする。

この部分の脳の機能はおおむね無意識で、環境の刺激にすばやく反応する。たとえば、だれかが自分にものを投げつけると、わたしたちは何が起きているのかを実際に考えるより早く身をすくめる。そのため、投げられた物体をよけることができる。

反応脳はまた、意外にも日常生活のさまざまな側面を支配している。その影響力は食べることや寝ることなど多岐にわたるが、なかでも重要なことに、どこかに属したい、生き残るために集団の一員になりたいという欲求がそこに根づいている。

ゆえに、人はおそらく自分が思っている以上に、社会性と情動の環境に注意を払って順応したいという欲求を抱えている。欧米の文化は個人主義に向かって進もうとしてはいるものの、わたしたちはじつは相互に大きく依存しながらつながっているのである。わたしたちは本能的に、自分がだれなのか、どのように行動すべきかを決めるためにニュアンスを理解しようと、いつも辺りを見回して社会環境のなかで何が起きているのかを観察しているのだ。

人生の複雑な部分は、刺激に対する反応は遅いけれどもよく考えてから行動を促す新皮質が受け持っている。本書の目的のために、ここではそれを「観察脳」と呼ぶことにする。観察脳が司っている領域には、人生に目的を見つける、あるいはみなが気持ちよく暮らせるよう社会に貢献するなど、より進化した行動が含まれている。

新皮質はまた反応脳から送られてくるメッセージを解釈するほか、さまざまな感情の裏にある原因を探ったり、疑問に答えたり、言語を組み立てたりすることを可能にしている。

ほぼまちがいなく、熟考してから行動を促す観察脳を使ってものごとを考えるほうが、はるかに有益だと言ってよい。ところが、脳の全体構造は、はるか昔の祖先の時代からほとんど変わっていないため、観察脳を使って「論理的に」反応したいと思われるようなさまざまな状況でも、今なお強力な生存本能が優位に立ってしまう。

簡単な例をあげるなら、体重を減らそうとしているのに必要以上に食べてしまう場合がそうだ。根底にある食べたいという欲求が、時間をかけて「やせたい」という理論づけを打ち負かす。人類が驚異的な進歩を遂げた今日でさえ、なおもそうなってしまうのである。

つまり、観察脳と反応脳の相互作用だけでなく、あらゆる場面で、知らないうちに、いかに反応脳がわたしたちを動かしているかを理解することがきわめて重要だ。

たとえば、だれもがささやき声で話しているところへ入り込んだとしよう。あなたはいつもの声で話すのか? それともいつもより静かに話すだろうか? テーブル越しに話し相手を見たときに、相手の腕、頭、手があなたとまったく同じような位置関係にあるのを見つけたことが何度あるだろう? だれかがつま先をぶつけたときに思わずひるんだり、自分には直接影響がないにもかかわらず胸が痛むような話を聞いて涙したりしたことはないだろうか? あなたが話しているときに友人ふたりが交わした表情を見て心配になったことがあるだろうか?

それらはみな、わたしたちが他者に反応するときに絶えず行っている、持続的でさりげない観察や模倣である。自覚していると思う人もいるかもしれないが、ほとんどの人はおそらく気づいていない。

さらに、そうした小さな行動は、積み重なると習慣やいつもの行動として定着し、やがてあなたという人間の一部となって、性格や考え方、価値観を徐々に変えていく。実際、現代社会が複雑でめまぐるしいために、わたしたちはますますそれに気づかなくなってきており、結果はさらに予測しにくくなるだろう。

毎日の小さな影響が、わたしたちが着るもの、買いものをする店、選ぶ車、インスタグラムでフォローする相手、視聴するテレビ番組、運動に費やす時間、食べるものに作用する。そして、もとをたどればそれらはみな観察や他者とのやりとりに基づいている。それがミラー・シンキングだ。

 

ロールモデリング

ロールモデルの定義は「他者から手本として仰がれる人物」である。一九五〇年代にその言葉を生み出したのは、著名なアメリカ人社会学者ロバート・K・マートンだった。今ではその表現が世界各国の日常語としてすっかり浸透している。本書ではロールモデリングとミラー・シンキングの相互関係を見ていこう。また、ロールモデルはヒーローあるいはヒロインで、手の届かない存在、絶対に正しい人間であるという、よくある誤解についても取り上げる。現実には、わたしたちは善悪両方のロールモデルに囲まれている。そして、わたしたち自身も日々他者に影響をおよぼしているロールモデルだ。

マートンの時代に外側に見えていたもの―観察と模倣の行動―は、現在では脳内に見ることが可能で、行動の裏に隠されたメカニズムについて驚くような事実が判明している。頭のなかを見ると、ロールモデリングがたんなる観察と模倣ではなく、内面の影響も受けているとわかる。想像、共感、ストーリーテリング、内省。それらはみなミラー・シンキングの一部であり、わたしたちが体験する社会や精神世界をよりよいものへと高める神経プロセス生成の基礎をなしている。

 

猿まね

ミラーシステムの研究はまだ始まったばかりだが、偶然だった当初の発見からは格段に進歩している。1992年、イタリア、パルマ大学の神経生理学者ジャコモ・リッツォラッティ率いる研究チームは、脳がどのように手の筋肉を動かしているのか、つまり、手でものをつかんだり持ちあげたりできるのはなぜかを解明しようとした。

マカクサルの脳に挿入した電極を用いて、チームは脳の最小単位であるニューロン(神経細胞)をモニターすることに成功した。研究者らがとりわけ関心を抱いていたのは、そうしたニューロンが脳のほかの場所や体に情報を伝える、つまり「発火する」瞬間だった。

ある日、チームがサルと同じ部屋で昼食をとっていると、サル自身は何の動作も行っていないにもかかわらず、ニューロンが発火した。科学者のひとりが食べものを口に運ぶところを見ていたサルの脳内で、食べものを口に運ぶときに働くニューロンが活性化したのである。科学者にはすぐにこれが「猿まね」だとわかった。

リッツォラッティらは発見したものを「ミラーニューロン」と名づけて発表した。そのミラーニューロンに大きな関心が集まるようになったのは、2000年になって神経科学者で作家のヴィラヤヌル・スブラマニア・ラマチャンドランがその結果を広く知らしめるようになってからである。その機能に魅せられた彼は、「これまで謎に包まれていた、実験不可能な多くの精神機能を説明するさいに」一元化された枠組みをもたらすという点で、「心理学にとってのミラーニューロンは、生物学にとってのDNAと同じだ」と主張している。

彼が取り上げた能力と行動には以下が含まれている。なぜ人は他者の行動をまねるのか、文化規範はどのように集団に広まるのか、人はどうやって他人の行動の意図を理解するのか、子どもはどのように音楽を学習するのか。さらに、次に何が起こるのかという期待――他者の行動あるいは次の動作の予想――さえもがミラーニューロンの影響を受ける。

知名度が上がるとよくあることだが、すぐに批判の声が上がった。ほかの神経科学者らは、その特別なニューロンでは人間の学習に関わる複雑な状況すべてを説明することはできない、人間のニューロンシステムはマカクサルよりも広く分散していて複雑だと主張した。もしかするとこう述べるのが正しいのかもしれない。まだすべてが解明されているわけではなく、それを調べるのが神経科学者の仕事だと。ほかの科学分野に比べれば神経科学はまだ新しい分野だが、そこからわかっていることと、日常生活を理解するにあたって利用できそうな情報は貴重な足がかりになる。

本書は神経科学理論の正誤を証明するものではない。むしろ、行動を幅広く理解できるよう、ひとつの概念として、これまでに明らかになっている科学の情報を利用するものである。その概念がミラー・シンキングである。

 

ミラー・シンキングは社会で生き残るためのカギである

わたしが13歳のとき、家族が遠方に引っ越して転校しなければならなくなった。わたしは周りの生徒たちが勉強熱心だった比較的恵まれた環境をあとにした。前の学校では、成績がよいことは胸を張るべきことで、勤勉が高く評価された。

10代の少年少女によくあるように長い夏休みのあいだに起きた心身の変化が原因だったのかもしれないが、その年の秋に新しい学校に転入したとき、わたしの世界は一変した。おそらく学期が始まって2週間目だったと思うが、生物の時間が記憶に焼きついている。先生はクラスの生徒たちが宿題をやろうとしないと叱っていた。ただし、わたし以外を。「フィオナ、すばらしいできばえでした」。全員の目がわたしの席に向けられた。

ふいに世界がぐるぐる回り始めて、わたしは気分が悪くなった。それはあまりに恥ずかしくて、そう簡単には忘れられないできごとだった。何と言っても、第一印象は記憶に残る。思春期のホルモンの関係でそもそもグループ意識の強い環境に溶け込もうとしている転校生としては、いい子ちゃん、ガリ勉、よそ者のレッテルを貼られたいわけがない。仲間になりたければ何とかしなければならない。それもすぐに。

生き残りをかけて、わたしは自分を定義し直した。わたしの努力はよい成績をとることではなく、うまくやり過ごすためにいかに勉強しないかに向けられた。それまではスポーツが得意だったけれども、あらゆる手を使ってチームに選抜されないようにし、未成年でありながらバーやクラブに潜り込むこつを身につけた。まもなくわたしは以前ほど自分が部外者とは感じなくなった。たいへんな環境だったわけではない。それでも溶け込むのが困難だったことは、ほぼまちがいない。仲間になり、受け入れてもらうために、わたしが順応できたのはミラー・シンキングのおかげだった。

ミラー・シンキングを通した観察や模倣は、人間の行動や感情のニュアンスを知る唯一の方法であることが多い。

考えてみよう。靴ひもを結んだり、泳いだり、自転車に乗ったりする方法をどうやって学んだのか覚えているだろうか? 自分の価値観はどこからきたのだろう? 今の仕事を教えてくれたのはだれだったか? 場合によっては、特別な技能を習得した状況、あるいはものごとを教えてくれた人々を正確に思い出すことができることもあるだろう。

しかしながら、あなたも、わたしも、だれでも、人生に最大の影響を与えているものには、まったく気づいていないことが多い。それは周囲の人々の行動である。テニスでだれかがボールをサーブするところを見たことがなければ自分ではサーブできないのと同じように――実際に目で見ずに言葉で指示されるだけでは、正しく行うことはほとんど不可能――理解して吸収するためにはロールモデルの社会的また情動的な側面を見なければならない。ただ、それがあまりに自然な行動であるために、わたしたちはそれに気づいていない。

そのメカニズムを理解して、周囲の状況を意識的に「観察」すれば、わたしたちはどのような行動を取り入れ、どのように応じればよいかを選択できる。わたしの場合、大きな精神的ショックを受けたことで、それに気づき、どうにかしようと心に決め、総力をあげて努力した。最適な判断を下せるほど発達していないティーンエイジャーの脳ではよくあることだが、全部が全部正しい決断だったとは言えない。ポイントは、わたしが問題を意識したことによって、自分である程度コントロールできるようになったことだ。つまり意識するということが大事なのである。

こわいのは、ものごとに気づいていなければ、それを理性的に判断することができず、したがって受け入れるか拒むかを決められないことである。単純にその行動を自分のなかに取り入れてしまうのだ。

たとえば、2007年にニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン誌で発表された、32年にわたって1万2000人以上の参加者を観察した調査では、交流のある人々の体重が増加すると、調査対象の人々の体重も増加する傾向にあった。太ったのが親友だった場合には、対象者が太る確率は驚いたことに171パーセントも上がった。

わたしたちは周囲の人々、とりわけ近い関係にある人々の行動を、ほとんど知らないうちに少しずつ取り入れている。体重の増加だけではない。ほぼすべての行動がそうだ。だが、それがわかっていれば、理性でそれを判断して、その行動を取り入れるかどうかを決めることができる。そうすれば人生は大きく変わる。

注意を向ける方向と取り入れる行動は人生の成り行きを大きく左右する。学校でよい成績を収めるのか、それとも行く先は刑務所なのか、健康でいられるか、それとも医者の世話になりっぱなしか、出世するか、それとも職場のピラミッドの最下層にとどまるか、社交上手か、見過ごされて無視されるか、というほどの差を生む。

収入、社会的地位、余命、生活の質、子どもの数、結婚生活の満足度にも影響がおよぶだろう。社会レベルなら、選挙ですぐれた代表を選ぶのか、お粗末な代表を選ぶのか、世代をまたいだ虐待の連鎖を断ち切るのか、保つのか、テロリズムを抑えるのか、あおるのか、心と体の健康状態がよくなる方向へ手を差し伸べるのか、悪化を助長するのか、などいくらでもある。これらがみなロールモデリングの結果として生じるのである。

成人してから、深く踏み込んだ心理プロファイリングを生業にしてきたわたしは、さまざまな人生の紆余曲折を目にしてきた。人生の物語のなかで人々が苦痛と喜びに遭遇するところを見てきた。うまくいったものごととうまくいかなかったものごと、よいときと悪いとき、転機を目撃した。周囲の人の行動がいかに影響をおよぼすのか、また少年期から青年期、そして現在へと、人生が形作られてきたようすを目にした。

すると、その個々の事例と科学が指し示しているものとが同じ状況を描いていた。すなわち、人はみな人生で出会う複数の人々の行動によって形作られているのである。気づいていようがいまいが、わたしたちにはみな、よきにつけ悪しきにつけ、人生のロールモデルがいるのだ。

何かをできるようになるためには、まず見なければならない。わたしたちは観察することによって行動を理解し、それを自分の活動に取り入れる。ロールモデルは周囲のいたるところにいて、絶えず脳の神経回路網に刷り込みを行っている。

人は一生のあいだに平均で8万人に出会うと言われている。そのひとりひとりが自分に影響を与え、また自分から影響を受けている。わたしたちは文化規範や意味合いを伝える役割、周囲の人間にどのように行動すべきか、すべきでないかを教える役割を果たしている。だれもが人類を形作る一端を担っているのである。

この先では、自分に最大の影響を与える人とはどういう人なのかを見ていこう。それは自分と心の結びつきがあり、自分が信頼を寄せ、接している人々だ。つながり、信頼、接触は、学んだり模倣したりする相手の土台となる3つの基本要因である。つながりは、家族、友人関係、学校や職場、あるいは人々が語る物語や耳にする音楽、人々が用いる言葉など、さまざまな方法を通して築くことができる。本書ではそのひとつひとつのつながり、そしてそれが脳に驚くべき影響を与え、生きているあいだずっとわたしたちを形作っている状況について探っていこう。

人類はまだ、学習の手段としての個人レベルでも、また社会レベルでも、ミラーシステムを十分に活用するところまでたどり着いていない。ときにはミラーシステムが期せずしてわたしたちを手玉にとってしまうこともあるにちがいない。

考え方はシンプルだ。そしてわたしたちには選択肢がある。

自分や他者の人生を劇的に改善するためにミラー・シンキングを活用したいと思うなら、まずミラー・シンキングを理解して利用しようと意識して決断を下さなければならない。日々の交流がいかにわたしたちの脳の働きに影響を与えているかをしっかりと自覚すれば、ミラー・シンキングから得られるものごとについて、またその活用方法について理解を深めることができる。より深く理解すれば、自分の想像を大きく超えてものごとを達成し、思いどおりの未来へと進んでゆけるだろう。

[書き手]フィオナ・マーデン(英国心理学会アソシエイツ・フェロー)
ミラーリングの心理学:人は模倣して進化する / フィオナ・マーデン
ミラーリングの心理学:人は模倣して進化する
  • 著者:フィオナ・マーデン
  • 翻訳:大槻 敦子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2021-08-07
  • ISBN-10:4562059397
  • ISBN-13:978-4562059393
内容紹介:
誰かを模倣し、誰かに模倣されて人は学ぶ。メンターからSNSまで、ミラーリングのロールモデルはどのように作用するのか?

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