書評

『医療崩壊 真犯人は誰だ』(講談社)

  • 2021/12/09
医療崩壊 真犯人は誰だ / 鈴木 亘
医療崩壊 真犯人は誰だ
  • 著者:鈴木 亘
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(192ページ)
  • 発売日:2021-11-17
  • ISBN-10:4065264170
  • ISBN-13:978-4065264171
内容紹介:
コロナ患者が入院拒否をされたり、自宅で死亡するという現実は日本中を震撼させた。医療提供体制の崩壊、危機的状況への解決策とは?

平時と危機、区別する制度枠組み必要

感染者数の急激な低下のもと、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)については観光地や繁華街における人流の動向に関心が移っている。人流の規制は陽性者数を下げるという感染症疫学の医学的要請にもとづく方針だが、コロナ「禍」となると社会現象だから、もっと広い視野が必要になる。

そこで政治家は「命をつなぐ」もうひとつの活動である経済の活性化と天秤にかけ、東京五輪の開催に踏み切った。人流規制と規制緩和の綱引きで、感染者数は増減を繰り返している。
 
けれどもその陰で、大きな議論がすっぽり抜け落ちてきた。「新規陽性者を減らせ」といっても、癌を含めて死に至る病は多数あり、経済以外にも抑制されている活動は少なくない。それらを停止させてまでコロナの感染防止が優先されたのは、それが医療崩壊をも防ぐと前提しているからだ。だが「コロナが蔓延すれば医療崩壊は不可避」というのは本当だろうか。テレビに出ずっぱりの専門家たちは、なぜか答えてこなかった。

そもそも日本の医療提供はどんな仕組みで行われ、諸外国と比べてどう違うのか。なぜコロナ治療に医療資源を回すと日本の医療体制は簡単に崩壊してしまうのだろうか。私たちは自粛を強いられるばかりで、納得いく説明を受けていない。それだけに本書は待望の書である。

日本が体験した「医療崩壊」は、保健所が入院を調整しても都道府県が確保した入院病床に入れない待機患者が溢れ、収拾がつかない状況を指す。2020年の第1波では新規感染者数が257人に過ぎなかった4月1日に日本医師会が早くも「医療危機的状況宣言」を発出、5月には大相撲三段目の力士が高熱を出しながらも数日間病院に受け入れてもらえず死亡した。

2021年1月の第3波となるとコロナ患者用の確保病床は首都圏と関西圏で7-8割まで埋まり、春先からの第4波で「地獄」と呼ばれた大阪では重症者病床の使用率が90%に達し、夏場の第5波になると東京でも97%、神奈川で91%に及んだ。全国で療養先調整中の「医療難民」は3万人を超え、自宅療養者は9万6800人。死亡者も連日報告された。

こうした医療崩壊が「謎」であるのは、日本では100万人当たりの感染者数、死亡者数が少ないのに、病床数は1000人当たり12・8とOECD加盟国平均の4・4と比べ突出して多く、急性期病床数にしても7・7と同3・5の倍以上に上るからである。表面上はコロナ患者の入院に対応可能に見える病床が約90万は潜在しているにもかかわらず、第5波のピーク時にもコロナ患者の入院用には4・2%、重症者用は0・6%しか提供されなかった。「病床自体は豊富に存在するのに、コロナ病床として利用できる割合が非常に少なかった」のだ。

病床使用率の低い中には国公立病院や国立大学病院、国の有識者会議会長の尾身茂氏が運営機構の理事長を務める旧社保庁系病院までが含まれ、政府が確保に向け補助金を手当てしたのに患者を受け入れていない「幽霊病床」の存在も指摘されている。日本の病院は、とにかくコロナ患者の受け入れに消極的だった。

これはマスクが払底したため政府がふた月で緊急提供した「アベノマスク」が、ほぼ同時期に市場でも増産され、余剰物資になった件とは対照的である。日本のマスク産業は、医療よりも遙(はる)かに柔軟に需給ギャップを埋める対応能力を有するのだ。

医療とは利害関係にない経済学者である著者は、医療崩壊の原因候補として「少ない医療スタッフ」「多過ぎる民間病院」「小規模の病院」「フル稼働できない大病院」「病院間の不連携・非協力体制」「『地域医療構想』の呪縛」「政府のガバナンス不足」の七つを挙げ、逐次検討して「主犯」を絞り込んでいる。

ポイントとなるのは、コロナ患者に対応できる専門医や訓練された看護師は限られ、院内感染の可能性があり、スタッフも病棟も専用にしなければならない点だ。それだけに感染症は大病院に集約しなければ固定費用が過大になる。また大病院で重症患者が軽快したら病床を空けるため速やかに中小病院に転院させなければならないから、「下り」のネットワークが鍵を握る(高久玲音・一橋大准教授の研究)。

ところが日本の医療は最初にどの病院にかかるのか制限がない「フリーアクセス」を特徴とするため、病院相互が「商売敵」で、「病院間の不連携・非協力体制」が常態化している。「政府のガバナンス不足」はそれを克服できなかったのだ。例外的な成功例も挙がっていて、明快な説明だ。

コロナを「災害」にたとえると、日本の医療体制は平時にはそれなりに効率的だが、危機においては対応能力を欠く。感染症の流行には、大災害同様、平時と危機を区別する制度枠組みが必要なのだ。臨時の「野戦病院」を建設するのなら、平時から公園等を想定しておくべきなのだろう。
医療崩壊 真犯人は誰だ / 鈴木 亘
医療崩壊 真犯人は誰だ
  • 著者:鈴木 亘
  • 出版社:講談社
  • 装丁:新書(192ページ)
  • 発売日:2021-11-17
  • ISBN-10:4065264170
  • ISBN-13:978-4065264171
内容紹介:
コロナ患者が入院拒否をされたり、自宅で死亡するという現実は日本中を震撼させた。医療提供体制の崩壊、危機的状況への解決策とは?

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2021年11月27日

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