後書き

『コロナ禍のアメリカを行く:ピュリツァー賞作家が見た繁栄から取り残された人々の物語』(原書房)

  • 2021/12/16
コロナ禍のアメリカを行く:ピュリツァー賞作家が見た繁栄から取り残された人々の物語 / デール・マハリッジ
コロナ禍のアメリカを行く:ピュリツァー賞作家が見た繁栄から取り残された人々の物語
  • 著者:デール・マハリッジ
  • 翻訳:上京 恵
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(228ページ)
  • 発売日:2021-11-20
  • ISBN-10:4562059672
  • ISBN-13:978-4562059676
内容紹介:
貧困問題を取材してきたジャーナリストは、2020年半ばにアメリカを西から東へと旅した。アメリカの歴史を追うノンフィクション。
アメリカの生活困窮者の取材を行ってきたジャーナリストは、パンデミックとBLMの2020年を生きる人々の声を聞くために旅に出た。壊れゆくアメリカンドリームを、この国が取り戻すことはできるのか。

〝生まれたときからドン底〟の世界  

2020年、世界はすっかり変わってしまった。もちろん原因は新型コロナウィルスの流行である。多くの国で、人々は家に閉じこもり、学校は休校し、飲食店や宿泊施設は休業に追い込まれ、企業ではリモートワークが広がり、医療従事者は自らが感染する危険に怯えながらも次々と運び込まれる患者の対応に追われた。

2021年に入ってワクチンが普及したため流行はいったんおさまったかに思えたが、感染力のより強い新たな変異ウィルスも次から次へと出現しており、まだ世界全体として終息は見えていない。

そして、ウィルス感染者や死者が世界で最も多いのがアメリカ合衆国である(2021年9月初旬時点で累計感染者は約4000万人、死者は約64万人。人口が約三分の一で人口密度のはるかに高い日本に比べて感染者は20倍以上、死者は約40倍にのぼる)。

防疫体制や医療が進んでいるはずのこの国で、これほどまでに感染が広がった原因の一つが、ウィルスの危険に対する前大統領の認識の甘さであることは否定できないだろう。「夏になったらウィルスは消える」と科学的根拠のない発言をしたトランプ氏を支持する集会には、ノーマスクの人々が密状態で集まっていた。

大統領が交代したあとも、政党支持とマスク着用の有無は結びついており、マスク強制は自由の侵害だと主張する人々が少なからず存在する。流行が始まったとたんに大多数の国民が自発的にマスクをつけだした日本とはかなりの差がある、と言わざるをえない。

本書は、著者が2020年半ばにそんなパンデミックのさなかにあるアメリカを、西から東へと旅した記録である。廃業したガソリンスタンドで〝生まれたときからドン底(Fucked at birth)〟と書かれた落書きを見つけた彼は、ホームレス、支援団体の人々、貧困問題に取り組む研究者、困窮する労働者の家族などに会い、話を聞き、落書きを見せて感想を聞く。そうして、ホームレスや貧窮者が再びアメリカンドリームを見られるような社会を作るにはどうすればいいかを考察している。

 

著者デール・マハリッジは1990年に著書『そして彼らの子どもたちは(And Their Children After Them)』(未邦訳)でピューリッツァー賞を受賞したジャーナリスト。貧困や労働者階級に関するノンフィクションを多く著し、『繁栄からこぼれ落ちたもうひとつのアメリカ――果てしない貧困と闘う「ふつう」の人たちの30年の記録(原題Someplace Like America: Tales from the New Great Depression)』(ダイヤモンド社、ラッセル秀子訳、2013年)、『日本兵を殺した父――ピュリツァー賞作家が見た沖縄戦と元兵士たち(原題Bringing Mulligan Home: The Other Side of the Good War)』(原書房、藤井留美訳、2013年)という邦訳も出版されている。

労働者階級に生まれたマハリッジは、一貫して弱者の側に立った報道をしてきた。だがコロンビア大学大学院で教えている今、自分がコロナ禍による失業者や感染リスクを冒して現場で働くブルーカラー労働者とは対照的に安全な場所に引きこもってリモートワークができるホワイトカラーであることに、少々忸怩たる思いを抱いているらしく、ところどころに自戒を込めた表現が見受けられる。

それでも彼は〝物わかりのいい大人〟ぶることなく、貧困層を救うためには最低賃金を上げ、教育の機会を設け、新たなニューディール政策を打ち出すべきであることを明瞭に述べている。

たとえコロナ禍が終息しても、失業した人々がすぐに仕事に戻れる保証はない。リモートワークが定着してもっと広く行われるようになれば、現場労働者の仕事は減り、ブルーカラーの働く場所がなくなるかもしれない。それでも、いずれアメリカンドリームが再構築されて、〝生まれたときからドン底〟だと言う人間がいなくなることを願う。

かつて訳者のような昭和生まれの世代は、〝自由の国、あらゆる人々にチャンスが与えられる国、努力すれば成功できる国〟としてアメリカに憧れたものだ。その輝きをもう一度取り戻してほしい――本書を訳しての素直な感想である。

[書き手]上京恵(訳者)
コロナ禍のアメリカを行く:ピュリツァー賞作家が見た繁栄から取り残された人々の物語 / デール・マハリッジ
コロナ禍のアメリカを行く:ピュリツァー賞作家が見た繁栄から取り残された人々の物語
  • 著者:デール・マハリッジ
  • 翻訳:上京 恵
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(228ページ)
  • 発売日:2021-11-20
  • ISBN-10:4562059672
  • ISBN-13:978-4562059676
内容紹介:
貧困問題を取材してきたジャーナリストは、2020年半ばにアメリカを西から東へと旅した。アメリカの歴史を追うノンフィクション。

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