自著解説

『上皇と法皇の歴史: 仙洞年代記』(八木書店出版部)

  • 2021/12/30
上皇と法皇の歴史: 仙洞年代記 / 槇 道雄
上皇と法皇の歴史: 仙洞年代記
  • 著者:槇 道雄
  • 出版社:八木書店出版部
  • 装丁:単行本(556ページ)
  • 発売日:2021-12-29
  • ISBN-10:4840622507
  • ISBN-13:978-4840622509
内容紹介:
歴代の上皇と法皇の歴史を解説した年代記。引用史料は読み下し、ルビを付けた読みやすい解説書。

院政時代に限らず、歴代上皇・法皇の歴史や院政形態の全体像をわかりやすく解説した年代記を発刊。著者がその読みどころを紹介。

なぜ「天皇」の読み仮名は「てんのう」なのか?


今日、「天皇」を「てんこう」と読むことは通常ありえない。なぜならば、マスコミなどを通して、あらゆる機会に「天皇」は「てんのう」と読まれているからであり、すでに常識となっていることによる。ただし、「てんのう」と読む理由は何であろうか。

おそらく、単なる音便の変化とは考えにくく、宮崎市定氏が指摘されているように、今日「天皇」と呼称される「あまつひつぎ」(天日嗣)の「みこと」(尊・命)を、かつて「天王」(あまつきみ)と表記したことがあったためであろう。「天皇」の語句は、隋・唐との外交上の必要から使用が始まったものであり、それは和語ではなく音読みの造語であったために、日本では当初ほとんど使用されない語句であったらしい。

そのため、「太上天皇」(「上皇」の正式名称)の語句も、当初は一般的ではなかったのであろう。

 

歴代天皇を院号で呼称した時代が900年以上存続


隋・唐王朝との外交上において対等関係を標榜するために案出された天皇号は、その必要が消滅してしまえば、それほどの不要もなくなったらしい。もともと多くの人々にとって、「てんのう」という外来語的な音読みにはなじみがなく、「みかど」(御門)や「おかみ」、改まった場合でも「しゅじょう」(主上)などの呼称が好まれていたことは、古典でも周知のとおりである。淡海三船が漢風諡号を歴代天皇のために作成したことはあったが、和風諡号も長らく贈られつづけて、平安時代を迎えたのである。

そして、平城天皇の頃から居所にちなむ追号が見え始めると、やがて冷泉院・円融院の前後から院号が追贈されるように変化するのである。その頃には、いわゆる摂関政治の時代に移行したこともあり、生前の業績から判断して贈られる諡号は不都合になったのであろう。かえって、摂政・関白に就任した人物に対して、諡号が追贈されるようになる。

 

日本における仏教文化の発展と天皇・皇族の歴史的関わり


推古天皇の仏法興隆の詔に始まる歴代の天皇や皇族らによる仏教信仰推進の足跡は枚挙にいとまなく、江戸時代にまで及ぶ。

ところが、江戸時代後期にいたって水戸学などの朱子学者を中心に仏教の排斥が主張され、加えて尊皇攘夷思想の高まる風潮のなかで、天皇号が復活した。こうして、明治維新後には、天皇の院号は消滅し、さらに歴代のすべてにわたって天皇号に統一されてしまった。それにともない、天皇と仏教の関係が希薄になったことは言うまでもない。

だが、それまでは、天皇に限らず、退位した上皇、出家した法皇らは、御願寺建立などをとおして仏教を篤く信仰していたのであった。その存在があったがゆえに、東大寺正倉院に限らず、今日まで多くの文化遺産が保存されてきた事実は歴史上重い。

 

院政という政治形態は、いわゆる院政時代だけに限らない


後三条院の頃から後鳥羽院の頃までの時代において、上皇・法皇が院政を展開したことは、よく知られている。それは、当時の院庁下文の実物を実見するだけでも、おそらく誰でも容易に察することができるであろう。しかしながら、その前後の時代にも、少なくとも形式上は同様な上皇・法皇による政治介入は行われていたのである。本書では、その事実をつぶさに述べている。

その叙述をとおして、最初の上皇である持統上皇の頃から、光格天皇の頃までの通史の体裁をとった。この光格天皇は、実は上皇として存在しながらも、天皇号が復活した時の最初であったので、当初から天皇号が正式名称にされたのであった。

ちなみに、突如として天皇号が復活したことから、後西院の場合は、後西天皇と現今では称している。もともと淳和天皇の別号である「西院」にちなんで贈られた「後西院」という追号であったが、たまたま「院」の字がついていたので、削除されてしまったのである。これでは意味をなさないように思われるが、いつの日にか「後西院天皇」に改称されるのであろうか。

 

歴代上皇・法皇の正当な業績評価に向けて


江戸時代の朱子学者や国学者らの院政批判は、激烈をきわめている。その影響は、立憲体制を確立したときにも及ぶ。とくに、皇室典範の作成に尽力した伊藤博文・井上毅・柳原前光らの議論は無視できないと考え、本書の序章で扱っている。また、院政を無視するかのような歴代天皇に関する教育・社会情勢などは、第四章でふれている。

昭和20年8月の終戦を経ても、なお歴代天皇について検討するべき課題は多いように思う。とくに、女性天皇についての議論などにも、本書を参照していただきたい。現今の皇室をめぐる諸問題にも、多少の一石を投ずることができれば、幸甚である。
 

[書き手]
槇道雄(まきみちお)
昭和30年7月生まれ。新潟県立小千谷高校卒業。学習院大学大学院人文科学研究科博士後期課程(日本中世史専攻)単位取得退学。
神奈川学園・西田学園などの講師を経て、現在は曹洞宗日光山長昌寺住職
 
〔主要著書・論文〕
『日本中世武士の時代―越後相川城の歴史―』(新人物往来社、2008年)
『院近臣の研究』(続群書類従完成会、2001年)
『院政時代史論集』(続群書類従完成会、1993年)
上皇と法皇の歴史: 仙洞年代記 / 槇 道雄
上皇と法皇の歴史: 仙洞年代記
  • 著者:槇 道雄
  • 出版社:八木書店出版部
  • 装丁:単行本(556ページ)
  • 発売日:2021-12-29
  • ISBN-10:4840622507
  • ISBN-13:978-4840622509
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歴代の上皇と法皇の歴史を解説した年代記。引用史料は読み下し、ルビを付けた読みやすい解説書。

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ALL REVIEWS 2021年12月30日

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