前書き

『図説 近世城郭の作事 天守編』(原書房)

  • 2022/02/16
図説 近世城郭の作事 天守編 / 三浦 正幸
図説 近世城郭の作事 天守編
  • 著者:三浦 正幸
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2022-01-04
  • ISBN-10:4562059885
  • ISBN-13:978-4562059881
内容紹介:
城郭建築研究の第一人者が天守の基本から細部に至るまで最新の知見に基づき多数のカラー写真と図版を用い建築家ならではの視点で解説
著者はNHK大河ドラマで建築考証を務める城郭建築研究の第一人者。多数のカラー写真と図版を用い建築家ならではの視点でわかりやすく説明した天守建築研究の集大成である本書より、はじめにを特別公開します。

多数あった中世城郭

飛鳥時代以来、全国に城は4万から5万もの数が築かれたが、その大多数は南北朝時代から室町時代までの間、すなわち中世の中・後期に築かれた城であった。それらは中世城郭と呼ばれるものである。
その時期の武士や雑兵の総人数を仮に多めの100万人としても、一城当たりの兵力はわずか20数人となってしまう。したがって中世城郭の規模は極めて小さい。
中世の城主の大多数は、在地領主と呼ばれる武士たちであった。主に地頭の系統を引く国人(こくじん)(国衆/くにしゅう)らが中核を占め、土豪(どごう)・地侍(じさむらい)(所領を直接に経営する武士)などから新興した小領主も加わり、下克上と押領(他者の所領を武力で奪うこと)の風潮で16世紀になると混乱の極みに達した。
周囲の領主の侵略から自己の所領を守る防衛のために、また領民から年貢を取り立てる威嚇のために在地領主らはこぞって城を築いた。中世城郭がやたらに数多いのは、中小領主層がひしめいていたからに外ならない。
在地領主らの勢力は、近世(安土桃山時代・江戸時代)の大名と比べると格段に弱小だった。したがって築城に必要な労力や資材が乏しかったため、城の防備の基本は、急な斜面、深い谷、あるいは広い川や沼地、行軍が困難な湿地や水田(深田・浅田に区別)といった地形をできるだけ利用し、堀・土塁や塀・木柵などの人工的な構築物は手薄なところに限って設けた。
防備に有効な地形を要害といい、中世城郭は要害の地を選んで築かれた。そのため、おのずと要害堅固な山の上に城が築かれることが多く、一般的に中世城郭は山城(やましろ)であった。
しかし、山城は生活に不便なので、領主らは山麓などの平地に居館を別に営んで住んでいた。山城には小人数の番兵が駐留しており、番小屋として12畳大ぐらいの粗末な掘建小屋が設けられていた。
城主の居館は館(タテ・タチ・ヤカタなど地方によって読み方が相違)や屋形(やかた)と呼ばれ、そのため城主は「お屋形様」と呼ばれることが多い。山城の山麓に設けられた居館は特に根小屋(ねごや)ともいう。居館は周囲を堀や土居(どい)(土塁の古称、土手ともいう)で囲んで一応の防備がなされていたが、強敵に攻められた時には山城へ逃げ込んだ。

石垣と天守は近世城郭の特徴

日本の現代都市の多くは、江戸時代の城下町から発展した。城下町を従え、石垣と水堀に囲まれ、天守が聳(そび)えるという形態は、近世城郭の特徴である。
そうした近世城郭の基は織田信長が創始したもので、豊臣秀吉そして徳川家康による天下統一にともなって城の形態も近世城郭に統一され、瞬く間に全国に広まっていった。
近世城郭の数は約400であり、その半数が明治維新まで存続した。数が少ない分、規模は壮大で、城主は将軍や大名らであった。
中世の在地領主らは淘汰されて多くは滅亡し、あるいは大名の家臣となって自己の城を失い、城下町の住人となった。
近世の大名には、佐竹・上杉・島津のような守護などの名門の武家や、毛利(もうり)・真田(さなだ)など大きく勢力を拡大した在地領主の系統の者もいたが、大名の多くは織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の家臣として頭角を現した者たちだった。
さて、近世になると城には、広い水堀、高い石垣、天守(天守代用の三重櫓を含む)、城内の御殿、城下町といった5点が備わった。この5点が近世城郭の基本的な要素である。石材が乏しい関東地方では石垣が普及せず、また近世城郭自体の普及が後れた東北地方では石垣や天守をもたない城も少なくなかったが、5点のうちの何点かを備えていれば立派な近世城郭なのである。
それに対して中世城郭には、そうした要素がそもそもなかった。
中世においては、山城であるため堀は水のない空堀(からぼり)ばかりで、石垣はあっても低い土留め程度のものであった。中世の山城と居館(御殿)は分離しているのが一般的で、家臣団は数が少ないばかりか半農半武の者が多く、商人も城の近くには定住せず、したがって城下町は未発達だった。中世には城郭建築自体も粗末であって、掘立柱の小屋が主流であり、城門や櫓にも瓦は使われず板葺(いたぶき)や?葺(こけらぶき)・茅葺(かやぶき)がもっぱらであった。現代人が普通に「城」と思っているのは、数の多い中世城郭ではなく、数の少ない近世城郭なのである。

建物の種類が豊富な近世城郭

ところで、近世城郭の象徴は、織田信長が創始した天守(本来は「天主」と書かれた)であろう。天守の印象は強烈で、現代人の多くは天守を「お城」と呼んでいる。
だが正しくは、天守は城の構成要素の一つにすぎない。江戸時代においては、天守は象徴ではあったが、通常はただの空き家になっていた。城主すなわち大名(藩主)が住み、藩政を執った御殿のほうこそ「お城」であった。
例を挙げると、名古屋城では、天守が聳える本丸は将軍上洛の際に宿舎とされるため通常は空き家であって、尾張藩主が居住した二の丸(二の丸御殿)のほうが藩士らから「御城」と呼ばれていたのである。
さて、本書「天守編」と続巻「櫓・城門編」では、天守だけではなく、近世城郭にあった城郭建築の総てについて詳しく記したい。
副天守である小天守(こてんしゅ)、要所要所に建てられて防備の要となっていた櫓(やぐら)(矢倉/やぐら)、敵の侵入を食い止める城門、防衛線となる土塀(どべい)である。
櫓は、屋根の重数によって三重櫓・二重櫓・平櫓(ひらやぐら)に分かれ、また細長い多門櫓(たもんやぐら)、天守や城門に付属する付櫓(つけやぐら)や続櫓(つづきやぐら)などがあり、さらに用途や格納する資材によって太鼓櫓・月見櫓・台所櫓・塩櫓・糒(ほしいい)(干飯/ほしいい)櫓(やぐら)・鉄砲櫓・弓櫓など多種多様である。
城門も形式によって櫓門・高麗門(こうらいもん)・薬医門(やくいもん)・埋門(うずみもん)・長屋門などに分かれ、位置や役割によって大手門・搦手門(からめてもん)・不開門(あかずのもん)・太鼓門(たいこもん)などと呼び分けられる。何とも複雑であるが、本書では高度でありながら分かりやすく解説したい。

普請と作事

建築物を造る工事を江戸時代には「作事(さくじ)」と称した。それに対して、堀・石垣・土居の築造は「普請(ふしん)」と称した。要するに建築工事が作事で、土木工事が普請である。したがって、本書「天守編」と続巻「櫓・城門編」の内容は、城の作事すなわち城郭建築である。
城郭建築は土木構造物よりも華やかで目立つが、築城の工事量は普請が7割から8割を占め、作事は城普請の脇役だったことも念頭に置いていただきたい。
元和元年(1615)に2代将軍徳川秀忠が武家諸法度という禁令を諸大名に公布したが、それには城に関する禁令が含まれていた。城の新たな普請と作事を厳しく禁止し、修理であっても幕府に届け出て将軍の裁許を受ける定めであった。なお、作事のうち御殿や付属建築(馬小屋・土蔵・番所など)は、城郭建築ではなく、住まいと見なされたので、法度の規制対象からは除外されていた。
ところが、修理のたびの届け出は事務手続きが繁多だったため、3代将軍家光以降になると、普請については将軍裁許を必要としたが、作事については「元の如く」であれば届け出る必要はないと改定された。そうした普請重視は、城の防備性能が普請で大きく変わるからである。
しかし、天守・櫓・城門といった城郭建築は、石垣や堀より華やかで目立ち、城の趣に大きく作用する。城郭建築はどの城でも似たり寄ったりで大差ないと思ったら大間違いである。戦後に杜撰に設計されたコンクリート造の城郭建築は論外として、本来の城郭建築は城ごとに全く相違した、とても個性的な姿をもっていた。
特に天守は城の顔であるだけに、同じように見える例などは一つもなかった。戦国大名の鎧兜の出で立ちは、実戦では邪魔になるほど大げさで、度肝を抜くほど個性的であって、大勢がうごめく戦場で際立つことを目指した。そうした個性の主張は、城の天守をはじめ城郭建築にも現れており、その結果、軍事建築でありながら、芸術的作品と言えるのである。城の愛好者は、そんな日本の城の特質に魅せられているのではなかろうか。

[書き手]三浦正幸(広島大学名誉教授、工学博士、一級建築士)
図説 近世城郭の作事 天守編 / 三浦 正幸
図説 近世城郭の作事 天守編
  • 著者:三浦 正幸
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(272ページ)
  • 発売日:2022-01-04
  • ISBN-10:4562059885
  • ISBN-13:978-4562059881
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城郭建築研究の第一人者が天守の基本から細部に至るまで最新の知見に基づき多数のカラー写真と図版を用い建築家ならではの視点で解説

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