書評
『秀吉はいつ知ったか』(筑摩書房)
山田流突飛な発想、歴史考察が出色
短いエッセーを読むのが好きだ。とりわけ強記博覧の作家の筆によるもの。私の場合は(失礼ながら)たいていはトイレットで読む。これまでの人生を顧みて、いつもいつも読書にふさわしいトイレットに入っていたわけではないけれど、少なく見積もって五十有余年、この方法による読書から知ったことは相当に多いだろう。
そして今日は『秀吉はいつ知ったか』である。初めに作者自身の住む町についてのエッセーが並んでいる。描写の美しさ、おもしろさに引かれるが、散歩が“ブショー者には唯一無二の運動である”とあるのを見て膝を打った。私も散歩が大好きだ。散歩は上達を強いられないスポーツなのだ。ハンディもなければ有段者もいない。この作者がノホホンと正しい散歩法を実践していたのがうれしい。
「わが鎖国論」というタイトルでくくられた章は、国政についての考えが多く綴られ、突飛な発想がおもしろいが、
「山田さん、いくらなんでもそれは……」
と、ため息をつきたくなるケースがないでもない。山田流ですけどね。
出色はやはり歴史についての考察だろう。本の表題となった出来事について、すなわち秀吉がいつ信長の死を知ったか、というテーマは興味深い。定説となっている事情とはべつに秀吉は独自に謀殺を予見する手段が、あるいは仕かけていることがあったのではないか、と説得力がある。光秀の謀反がなく歴史が信長中心に進んでいたら、
――秀吉は信長を殺したのではないか――
と、これは私の人間観察だが、この本の著者も、その疑念を持っていたのではあるまいか。もう少しこのあたりを突っ込んで、山田流の稗史(はいし)を縦横無尽に綴ってほしかった。
「安土城」という小説風の20ページがあって、これは光秀の恐怖がまざまざと書かれている。信長の恐ろしさを伝える小さな出来事を次々に述べ、小さいことにこれだけ執拗なのは逆に恐ろしいという心理を増幅させていくのは、小説力の賜物(たまもの)ですね。
朝日新聞 2008年11月23日
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