解説

『室町少年倶楽部』(文藝春秋)

  • 2017/09/15
室町少年倶楽部  / 山田 風太郎
室町少年倶楽部
  • 著者:山田 風太郎
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(254ページ)
  • 発売日:1998-08-00
  • ISBN:4167183153
内容紹介:
蹴鞠で遊んだ少年の日よ何処。十五歳の少年に二十五歳のお妾を取らせる策略合戦。出家を望む三春丸(足利義政)に仕掛けられた秘策が引きおこす花の御所の奇々怪々。歴史的事実に大胆な創作を加えることで浮きあがる人間の真実を、破天荒に描く風太郎節益々快調!表題作のほかに「室町の大予言」を収録。

歴史に対する、とびきり愉快な別解

別解というものがある。高校の数学などで、模範的解答のかたわらに、こうした解き方も可能であるとして添えられた別の解法のことで、同じ与件(与えられた条件)から出発し、同じ結論(帰結)に至っているため、正解にはちがいないのだが、考え方の筋道が模範解答よりもかなり片寄ったユニークなものなので、万人向けの解答とは認められないことが多い。

山田風太郎の小説は、歴史というものに対する、とびきり愉快な別解ではないだろうか。すなわち、一般の歴史小説が、史実という模範解答の説明不足の部分を補ってところどころ解説を加えるだけの、想像力の欠けた「なぞり」にすぎないとすると、山田風太郎の小説は、初めから模範解答の解法を無視して、まったく別の考え方を取る、その別解はときに、与件を自由に解釈して、そんな馬鹿なと仰天するような荒唐無稽の筋道をたどりながらも、最後には、みごと、模範解答と同じ結論へと収敏する。というよりも、与件と結論さえ同じであれば、どんな別解(ウソ)も可能だという信念のもとに、作者は想像力の翼を羽ばたかせて、読者をほとんどパラレル・ワールドに入りこませてしまう。そして、読者が、果たしてこの物語、あらかじめ予定された帰結にたどり着くのだろうかと疑問をいだきはじめたその瞬間、みごと、どんでん返しが起こって、その途方もない別解はあっというまに帰結に至る。われわれは、このとき、いかにその別解が有り得べからざるものであろうとも、こちらの方が「真実」だとさえ感じてしまうのである。

本書収録の『室町の大予言』も『室町少年倶楽部』も、まさにこうした別解的「風太郎ワールド」の面白躍如たる小説である。



『室町の大予言』の与件は、室町幕府第四代将軍義持が死ぬまぎわに、後継の将軍は四人の弟の中からくじ引きで選ぶよう遺言を残し、その結果、義持の実弟青蓮院義円が選ばれて、第六代将軍義教として暴政をふるった事実であり、帰結は、義教が家臣の赤松満祐に暗殺されたことである。

この歴史の与件と帰結をもとにして、山田風太郎は、思い切った別解、つまり途轍もない大ウソをくりだす。それは、赤松家の家伝『太平記・円心おぼえ書』の中に「天王寺未来記」という大予言があり、これが、日蓮の残した「本能寺未来記」の大予言とかかわりあって、足利一族の未来を予言していて、それを読んだ赤松満祐と義教がこの予言を「成就」してしまうというものである。

私は日本史にうといのでこの二つの未来記が実在のものか、それとも作者が創作したものかは知らない(たぶん実在しているのだろう)。しかし、そんなことを知らなくとも、この設定はじつに興味深い。なぜなら、別解をもとめる山田風太郎の小説というのは、ある意味で、あいまいな言葉で書かれた大予言の別様の解釈という面を常に持っているからだ。いいかえれば、全体として歴史の別解であるこの小説は、その内部に、小説の技法を示すヒントを入れ子構造のように内包しているのである。

これが山田風太郎の小説のひとつの大きな特徴をなしている。すなわち、入れ子の内部での「予言と解釈」の運動がバネのような働きをして駆動力を発揮し、それが入れ子の外側の物語にも波及して、最後には、入れ子の内側の物語と外側の物語がぴたりと重なりあって大団円を迎えるという構造である。これは実は、フランスのアラン・ロブ・グリエやクロード・シモンなどのヌーヴォー・ロマンの作家が使う中心紋の技法(物語の中の物語、絵の中の絵)というのとよく似ている。さらにいえば、『聖書』の「マタイ伝」の方法とも重なる。それぐらい、山田風太郎は方法論的な作家なのだ。

しかし、「大衆」小説家である山田風太郎は、そんなことはおくびにも出さずに、じつに楽しいお話として、この「別解」を語ってゆく。むずかしいと感じさせるようなところは一つもなく、あざとい技巧を意識させるような部分も一か所もない。それどころか、自分が「別解」という大ウソを作っていることすらも読者に気づかせない。

だから、読者は、「ああ、おもしろかった」のひとことで読みおわるのだが、その感想には「だまされて楽しかった」という言外のニュアンスが含まれている。そして、それはそれで山田風太郎の最も正しい読み方なのだ。

技巧(マニエリスム)と贅沢のかぎりを尽くしてつくられた単純素朴な外観の書院造り、山田風太郎の小説の味わいはこれに似ている。



このようなわけで、単純素朴をよそおった技巧の極致を狙う山田風太郎が、東山銀閣寺という「わび、さび」の人工楽園をきずいた入代将軍足利義政に興味をもたないはずはないと思っていたら、果たせるかなその予感が実現した。

十歳の少年将軍義政(三春丸)がその補佐役たる十六歳の少年管領細川勝元からケマリを教わっているのどかな雰囲気のなかで物語が始まり、応仁の乱の阿鼻叫喚に背を向けた義政が「わしだけは変らないそ。わしだけが正気だ!」とつぶやきながらラストを迎える『室町少年倶楽部』がそれである。

だが、われわれにとって興味深いのは、この『室町少年倶楽部』が、それと同時に、マニエリスト山田風太郎の創作の原点がどこにあるかを教えてくれる擬装の自伝ともなっていることだ。

ようするに、デカダン将軍足利義政に仮託しながら、山田風太郎はみずからが生涯で行った二つの決意を語っているのである。

では、その二つの決意とはなんなのか?

(次ページに続く)
室町少年倶楽部  / 山田 風太郎
室町少年倶楽部
  • 著者:山田 風太郎
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(254ページ)
  • 発売日:1998-08-00
  • ISBN:4167183153
内容紹介:
蹴鞠で遊んだ少年の日よ何処。十五歳の少年に二十五歳のお妾を取らせる策略合戦。出家を望む三春丸(足利義政)に仕掛けられた秘策が引きおこす花の御所の奇々怪々。歴史的事実に大胆な創作を加えることで浮きあがる人間の真実を、破天荒に描く風太郎節益々快調!表題作のほかに「室町の大予言」を収録。

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