後書き

『『赤の書』と占星術:ユングを導いた占星術の惑星神たち』(原書房)

  • 2022/02/17
『赤の書』と占星術:ユングを導いた占星術の惑星神たち / リズ・グリーン
『赤の書』と占星術:ユングを導いた占星術の惑星神たち
  • 著者:リズ・グリーン
  • 翻訳:片桐 晶,鏡 リュウジ
  • 監修:鏡 リュウジ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2022-01-20
  • ISBN-10:4562059893
  • ISBN-13:978-4562059898
内容紹介:
ユング思想を知る重要書『赤の書』にはユング自身の内的体験の記録とともに占星術象徴が隠されている。占星術研究の第一人者が解読。
ユング思想はユング自身の内的体験の記録である『赤の書』から構築された。そこには生々しいユングのヴィジョンとともに古代からの占星術象徴が隠されているという。心理占星術の泰斗かつユング派の分析家であるリズ・グリーンが『赤の書』の占星術の暗号を解読した書籍『『赤の書』と占星術』より、監訳者あとがきを抜粋して公開します。

科学と魔術のあわいからユングを読み解く

本書は同じ著者による『占星術とユング心理学 ユング思想の起源としての占星術と魔術』(鏡リュウジ監訳、原書房)と対になるものである。『占星術とユング心理学』は、ユング自身がいかに占星術の伝統に深くコミットしていたかを新資料を用いながら丹念に論証している。
20世紀の実践的な占星術はユング心理学の影響を強く受け「心理学化」していったとつとに論じられてはきたのだが、グリーンはユングの蔵書や私的アーカイヴ、同時代の占星術家たちとの文通を調査し、逆にユング心理学や思想の成立に占星術や新プラトン主義的な魔術の伝統が影響していたという議論を展開する。
グリーンはユングの思想を短いスパンの「心理学」の歴史から開放して、古代からの秘教の系譜に位置づけようとしているのである。
著者自身がいうように、複雑な織物であるユング思想の着想源を単一のものに還元することはむろん不可能である。しかし、壮麗なユング思想を織りなす重要な糸の一つが占星術であったことは確かであり、これまで看過されがちであった占星術の影響を資料面から指摘した本書の貢献度はけして小さくない。
本書の研究を「傍流」とみなしたくなるとするなら、グリーンが『占星術とユング心理学』の序章で述べているような占星術に対する偏見が自身の中にないかを振り返ってみるべきであろう。
『占星術とユング心理学』がユング思想の歴史的起源における占星術に焦点をあてている一方、本書『「赤の書」と占星術』ではより的を絞って、ユングの内的ヴィジョンの記録である『赤の書』(『新たなる書』)に現れた占星術を探求しようとしている。ユングの思想が古代からの占星術や魔術の系譜の上にあることを確認した上で、壮大で難解なユングのヴィジョンの中に占星術的なシンボリズムの表出を個別に検証していくという試みである。
『赤の書』には、自然発生的、無意識的にユングの内的な世界から立ち現れてきた「第一層」と、その素材をユング自身が意識的に精錬していって構築された「第二層」があると考えられる。元型論的には第一層において集合的な無意識からの占星術的シンボリズムが純粋なかたちで表出されることは当然想定されるが、興味深いことにユング自身の占星術や古代の魔術の知識は第二層にまで影響を及ぼすことになる。
意図的にユングは占星術的象徴を自らの作品に用いていると思われるのである。だがその解読は容易ではない。ユングの「最初のマンダラ」である「全世界の体系(システマ・ムンディトティウス)」は好例である。
草稿の段階で明確に現れていた占星術記号が完成版では消えてしまっている。つまり、ユングは自身の占星術への深い関心を隠そうとする意図もあったのだ。占星術への風当たりが今より強かった時代の思潮を考えればそれは驚くべきことではない。
そこで『赤の書』の中の占星術を読み解くには、ユングによって暗号化された占星術をデコードしていかなければならないのである。
この作業は実に難しい。もし単なる連想関係を展開するだけなら、実証性のないままにあちこちに占星術的シンボリズムを見てしまうことになるだろう。何しろ占星術の象徴は「集合的」なものである。占星術に親しんでいるものなら映画であろうが個人の夢であろうが、どんなものにでも占星術的象徴を見出すことが可能である。
最初の素材こそ無意識的なものの産物であったとしても、ユングが意識的に占星術素材を用いたという仮説になにがしかの実証性を与えようとするなら、ユングが入手し、目にしていた占星術や秘教の資料を熟知している必要がある。その上で資料と『赤の書』を比較しなければならないというわけである。グリーンが苦心してユングのアーカイヴにわけ入り、ユングが手にしていた占星術資料を丹念に検討した上で『占星術とユング心理学』を著すにいたったのは、まさにそのための作業だったのである。
したがってこの2冊は相互に強く補完し合う内容であり、もしかしたら、最初は1冊の本の第1部・第2部として構想されたのではないかと推測する。もちろんこの各々は独立したものであり、単独で楽しんでいただくことも十分に可能ではある。
実のところ『赤の書』の謎解きとしては、本書のほうがスリリングで面白く、また読みやすいということもあるかもしれない。
しかし、ここに述べたような理由で本書と『占星術とユング心理学』を併せてご覧いただけると一層、本書の価値がわかるであろう。

さて、本書の具体的な内容である。
グリーンは、ユングの『赤の書』(『新たなる書』)の作業を、古代の神働術(テウルギア)の現代版として理解する。心の内にありつつも強い自律性をもったダイモン(神霊)たちとの遭遇、邂逅の記録として『赤の書』を解釈するのである。
グリーンによれば、それはヴィジョンを見るための単なる受身の作業ではない。むしろ半ば積極的にダイモンたちを召喚し、そして対話する。それを通じてダイモンたちが変容し、それに応じるかたちでユング自身の魂も変容を遂げてゆく。
それは魂の遍歴ともいうことができる。グリーンはそのプロセスを古代からの「惑星圏への魂の上昇」というモチーフと重ね合わせ、ダンテの『神曲』などとともに『ヒュプネロートマキア・ポリフィリ』(ポリフィロの夢)といった謎めいた文学とも対比しようとさえする。
そしてこのような魂の遍歴の各論として、グリーンは『赤の書』に登場する人物像たち……「赤い男」「巨人イズドゥバル」「ファネス」「フィレモン」「料理女」「アニマ」「エリヤとサロメ」などを占星術の象徴と突き合わせて分析していく。
その中にはっとさせられ膝を打つような解釈や指摘は多い。中にはこれは少し強引なのではないかと感じられるような結びつけもみられるが、グリーンの解説を一つ一つ読者自身で再検討していくのも本書を読む醍醐味の一つであろう。
一読者としてもっともエキサイティングだったのは、ユングの描いた最初のマンダラ図である「全世界の体系(システマ・ムンディトティウス)」の分析である。
下書きである「黒の書」での図と完成版、そしてユングが熟知していたであろうユング自身の出生ホロスコープを比較し、その影響関係を検討する。すべてが明らかになったわけではないであろうが、このような分析は占星術の実践知とともに深い学識を持ったグリーンのような研究者でなければできない妙技である。

いまだに「ユングはオカルトだからいけない」などという向きがときおりあるけれども、グリーンの研究はそのような視野狭窄の先を行っていることはあきらかだ。
「オカルト」もまた人類のある種の知的な精神文化の一つであり、ユングも「オカルト」と呼ばれてきたような潮流のなかに位置づけることは当然可能なのである。
重要なのはオカルトだからといって切り捨てるのではなく(それはユング心理学的に言えば、近代的合理性に対するシャドウの否認である)それもまた人間の重要な心の営みの一つとして真摯に目を向けることであろう。昨今の「秘教研究」はそのような学問的営みなのだと思う。
ユングの『赤の書』は、近代の合理性が直面する葛藤を比類ないかたちで示したものである。占星術の象徴という科学と魔術のあわいの存在が、それを読み解く鍵の一つであるというのは実に印象的であろう。本書が『赤の書』を読み解くための、そして僕たちが抱えている問題を読み解くための一助となれば幸いである。

[書き手]鏡リュウジ(心理占星術研究家・翻訳家)
『赤の書』と占星術:ユングを導いた占星術の惑星神たち / リズ・グリーン
『赤の書』と占星術:ユングを導いた占星術の惑星神たち
  • 著者:リズ・グリーン
  • 翻訳:片桐 晶,鏡 リュウジ
  • 監修:鏡 リュウジ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2022-01-20
  • ISBN-10:4562059893
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ユング思想を知る重要書『赤の書』にはユング自身の内的体験の記録とともに占星術象徴が隠されている。占星術研究の第一人者が解読。

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