書評
『日本政府と高齢化社会―政策転換の理論と検証』(中央法規出版)
精度高い分析
大著である。なぜか。大著たらざるをえぬ理由は、かかってその対象領域にある。福祉国家と高齢化問題。これはなかなかに魅力的で一見とりつきやすいかに見える。だが一歩踏みこむと、あまりの専門性と高度の技術性のまえに途方にくれるのがオチだ。年金・保険・医療・雇用など、限りない細分化が待っているからである。この参入障壁の高い課題に、かつて予算研究で鳴らしたアメリカ人政治学者が真正面から取り組んだ。あわてずじっくりリサーチから完成まで、かけた歳月は実に二十年。日本でもアメリカでも、流行の課題を追う促成栽培的な研究が多い中で、これは異色の労作である。
著者はまず高齢化社会への政策的対応について、一九五〇年代から八〇年代まで個別政策に即して考察する。とりわけ本書の前半部を占める五〇年代から七〇年代前半にかけての、年金の制度化と拡大及び医療費の無料化を扱った分析の精度は高い。この手の本には、本文のみならず著者の実証を跡づける充実した注を読む楽しみがあるものだが、そうした欲求も満足させてくれる。ちゃんとした資料は無論のこと、反故になりそうなパンフレットや雑誌の小文それにぞっき本の類まで渉猟し、また公刊・未公刊のドクター論文にあたっている他、最新の日本関連の文献まで目くばりしている。同時にこの背景には、厚生官僚を中心とする膨大なインタヴューがある。
だが本書の面白さは、もう一方で分析枠組みたる政策転換の理論の四類型(政治型、認知型、偶然型、慣性型)にある。なかでも政策アイディアは無いにもかかわらず、推進するエネルギーはあるため政策の実現をみる偶然型のモデルや、専門家集団による政策推進勢力の形成、政治家からノンキャリアの官僚にいたる多くのレベルでの政策企業家の存在など、興味をそそられる。
一九七〇年代半ば、マスコミで争点化された環境問題との比較で、年金五万円へと高齢化問題が政策転換をとげた下りは、オイルショック前の日本の過熱した状況を彷彿(ほうふつ)とさせて、まことに印象的と言うの他はない。三浦文夫、坂田周一監訳。
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