書評

『漂流 本から本へ』(朝日新聞出版)

  • 2017/12/20
漂流 本から本へ / 筒井 康隆
漂流 本から本へ
  • 著者:筒井 康隆
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2011-01-07
  • ISBN-10:4022508337
  • ISBN-13:978-4022508331
内容紹介:
のらくろ+乱歩+西遊記+ウェルズ+イプセン+クリスティ+フロイド+セリーヌ+ヘミングウェイ+カント+ハメット+三島+川端+マルケス+大江+ハイデガー+α=作家生活五十年、その生涯に触れた書物の経験をめぐる書評的自伝の決定版。

膨大な読書量が広げた精神世界

まれに例外もあるが、作家のほとんどは子供のころから、膨大な量の本を読んで育つのが普通、と理解していた。

それでもなお、本書の著者の読書歴に接すると、その幅の広さと奥行きの深さに、圧倒されてしまう。著者も、幼年期には『少年探偵團(たんていだん)』や『鐡假面(てっかめん)』など、年相応のものを読んでいるが、やがて乱歩の『孤島の鬼』や、デュマの『巌窟王』の原典『モンテ・クリスト伯』といった、大衆小説に手を出す。中学にはいると、マンの『ブッデンブロオク一家』や、シンクレアの『人われを大工と呼ぶ』などの、普通小説に取り組む。著者は早熟というより、あくなき知識欲の持ち主だったのだ。

十代後半からは、ショーペンハウエル『随想録』、ズウデルマン『猫橋・憂愁夫人』、さらにはフロイド、メニンジャー、カフカ、カントと、ときに晦渋(かいじゅう)とされる本を手当たり次第に、読破していく。著者は、難解な本の内容を簡潔に、分かりやすく説き明かす、希有(けう)の才能を備えている。極端な話、ここに紹介された本のさわりを読むだけで、原典に接したような気にさせられるから、恐ろしい。簡単なことを、小むずかしくこね回す論客は多いが、その逆ができる人は、きわめて少ないのだ。

評者は、朝日新聞に連載中から、この読書年代記を毎週読むのを、楽しみにしていた。かつて自分も読み、感銘を受けた本がいくつかあって、なつかしさを覚えた。読書録を読む醍醐味(だいごみ)の一つは、そういうところにもあるだろう。

ちなみに18年ほど前、著者は問答無用の言葉狩りと、マスコミの無批判な自主規制に抗議して、断筆宣言を行ったことがある。その断固たる姿勢が、世論に強い衝撃を与えると同時に、無意味な言葉狩りを駆逐したことを、いやしくも文筆業に携わる者なら、だれでも承知していよう。

その決意の裏には、膨大な読書量によって広がった精神世界と、深い洞察から生まれたゆるぎない信念が、存在していた。

本書を読むと、それが納得できるのである。
漂流 本から本へ / 筒井 康隆
漂流 本から本へ
  • 著者:筒井 康隆
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2011-01-07
  • ISBN-10:4022508337
  • ISBN-13:978-4022508331
内容紹介:
のらくろ+乱歩+西遊記+ウェルズ+イプセン+クリスティ+フロイド+セリーヌ+ヘミングウェイ+カント+ハメット+三島+川端+マルケス+大江+ハイデガー+α=作家生活五十年、その生涯に触れた書物の経験をめぐる書評的自伝の決定版。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2011年2月20日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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