後書き

『原爆投下、米国人医師は何を見たか:マンハッタン計画から広島・長崎まで、隠蔽された真実』(原書房)

  • 2022/07/22
原爆投下、米国人医師は何を見たか:マンハッタン計画から広島・長崎まで、隠蔽された真実 / ジェームズ・L・ノーラン
原爆投下、米国人医師は何を見たか:マンハッタン計画から広島・長崎まで、隠蔽された真実
  • 著者:ジェームズ・L・ノーラン
  • 翻訳:藤沢 町子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2022-06-23
  • ISBN-10:4562071869
  • ISBN-13:978-4562071869
内容紹介:
無視された医師たちの警告、隠蔽された残留放射線の実態。マンハッタン計画に参加した米国人医師が残した「葛藤と共謀」の全記録。
原爆の開発から輸送、投下後の日本の現場調査まで、医師としてマンハッタン計画に参加したジェームズ・F・ノーランが遺したひと箱の資料。そこには、科学者でも軍人でもなく、「医師」という特異な立場で原爆に携わることになった男たちの激しい葛藤と、共謀の痕跡が生々しく残されていた。でたらめな許容線量の設定、軍部に握りつぶされた安全対策、暴走する科学者たち、そして日本の医師たちが広島・長崎でアメリカの調査団に投げかけた言葉とは――。

新資料から原爆の新たな真実に迫る『原爆投下、米国人医師は何を見たか』の「訳者あとがき」を抜粋して公開する。

科学者でも、軍人でもなく、命を守る医師としての苦悩

第二次世界大戦中、アメリカで原子爆弾の開発と製造にあたった極秘の軍事プロジェクトを、通称〈マンハッタン計画〉という。陸軍のレズリー・グローヴス将軍の指揮のもと、のちに「原爆の父」とよばれる理論物理学者ロバート・オッペンハイマーを開発リーダーとして、ノーベル賞受賞者8名を含む超一流の科学者が集まり、他国に先を越されてはならないという大きな重圧のなかで、核分裂連鎖反応を利用した新型爆弾の開発に心血をそそいだ。

しかし、マンハッタン計画に参加したのは、軍人と科学者だけではなかった。広島と長崎あわせて20万人以上の死者を出すことになる大量破壊兵器の開発には、普段は人々の傷を癒し命を救っている医師たちも携わっていたのである。爆弾に用いるウランやプルトニウムから生じる放射線の安全管理をするためだった。

だが、医師がなんらかの警告を発しても、それは軍人や科学者にはほぼ無視され、その結果として放射線による被害が出ると、医師は状況の隠蔽に加担した。原爆に関する書の多くが科学者や軍人をとりあげているのに対し、本書はこうした医師たちに焦点をあて、原爆の開発における彼らの葛藤と共謀を描くことで、核の時代の黎明期そのものを浮き彫りにする。

祖父は原爆〈リトルボーイ〉を運んだ

本書の中心人物、ジェームズ・F・ノーランは、放射線医学に通じた産婦人科医である点を見込まれてマンハッタン計画に参加し、原爆開発の研究拠点ロスアラモスで研究所の職員やその家族に対する医療を担うとともに、開発過程における放射線の安全管理に携わった。広島に投下された原爆〈リトルボーイ〉のウランを、ロスアラモス研究所から爆撃機の待つテニアン島へ運んだ2人組のひとりでもある。彼は、著者の祖父である。

著者ジェームズ・L・ノーラン Jr.  は、アメリカの名門ウィリアムズ大学で社会学の教授を務め、社会と法、文化、技術との関係など幅広い分野で研究をつづけてきた。著書には、マックス・ウェーバーら4人の外国人の目をとおしてアメリカの本質を描き出す『What They Saw in America: Alexis de Tocqueville, Max Weber, G. K. Chesterton, and Sayyid Qutb』(Cambridge University Press, 2016)や、薬物事件をめぐるアメリカの刑事司法理念の再構築を論じた『ドラッグ・コート―アメリカ刑事司法の再編』(小沼杏坪・妹尾栄一・小森榮訳、丸善プラネット、2006年)などがある。

本書の執筆は、父親の死をきっかけに、祖父ノーランが遺した秘密の箱を手にしたことから始まった。その箱には、原爆に関するノーラン個人の手紙や軍事記録、写真などが詰まっていた。著者はこれらの資料を手がかりに調査を始め、ロスアラモス研究所だけでなく、各地の関連施設をめぐり、日本も訪れて資料を集め、自ら関係者のインタビューもおこなった。

新資料から見えてくる原爆への葛藤

序文で本書のテーマを提示したあと、第1章では、マンハッタン計画の初期における科学者や医師の生活を描いている。第2章では、人類史上初の核実験〈トリニティ実験〉の過程とその影響について、第3章では、ノーランが日本に投下する原爆のウランを輸送する過程について、第4章と第5章では、放射線による被害状況を調査するために原爆投下後の日本へ派遣されたアメリカ人調査団について、第6章では、原爆投下の倫理性をめぐる議論について、第7章では、終戦後、マーシャル諸島でアメリカがおこなった一連の核実験について、第8章では、本来の医師の職務に戻ったノーランの姿勢や、原爆に限らず技術全般がはらむ問題について論じている。そして第9章では、原爆開発から約40年後の科学者の後悔や、多くを語らなかったノーランの胸中に考えをめぐらせている。

こうした内容を論じる著者の文章は、乾いた事実の羅列でもなければ、飾り立てた感情のドラマでもない。報告書、手紙、インタビュー、関連文献などから小さな事実や具体的なエピソード、本音の滲み出た台詞を丁寧に掬い取り、ひとつひとつ積み上げることで、医師と科学者の葛藤や、軍部の冷酷さ、そして被ばく者の苦しみをまざまざと再現している。原爆の悲惨さが、染み入るように伝わってくるのだ。

いまもなお繰り返される原爆の脅威

歴史は繰り返す、という言葉があるが、けっして繰り返してはいけない歴史があるとともに、過去を見つめ直すことで変えられる未来もあるはずだろう。原書『Atomic Doctors: Conscience and Complicity at the Dawn of the Nuclear Age』が本国アメリカで刊行されたのは、2020年8月である。2022年の2月を境に世界がまたひとつ様変わりした今、本書のもつ意義はよりいっそう深まったのではないだろうか。

ところで、本書はさまざまな著作を引用しているが、邦訳が出ているものも多い。アイリーン・ウェルサムの『プルトニウムファイル:いま明かされる放射能人体実験の全貌』(渡辺正訳、翔泳社、2013年)、カイ・バード、マーティン・シャーウィンの『オッペンハイマー : 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』(河邉俊彦訳、PHP研究所、2007年)、リチャード・ニューカムの『巡洋艦インディアナポリス撃沈』(平賀秀明訳、ヴィレッジブックス、2002年)、ジョン・ハーシーの『ヒロシマ 増補版 新装版』(石川欣一・谷本清・明田川融訳、法政大学出版局、2014年)、邦訳ではないが、永井隆の『長崎の鐘』(平和文庫、2010年)など、ご関心に合わせてお読みいただければと思う。

[書き手]藤沢町子(訳者)
原爆投下、米国人医師は何を見たか:マンハッタン計画から広島・長崎まで、隠蔽された真実 / ジェームズ・L・ノーラン
原爆投下、米国人医師は何を見たか:マンハッタン計画から広島・長崎まで、隠蔽された真実
  • 著者:ジェームズ・L・ノーラン
  • 翻訳:藤沢 町子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2022-06-23
  • ISBN-10:4562071869
  • ISBN-13:978-4562071869
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無視された医師たちの警告、隠蔽された残留放射線の実態。マンハッタン計画に参加した米国人医師が残した「葛藤と共謀」の全記録。

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