書評
『胸にこたえる真実』(白水社)
映像の向こう側にいるスターや、その作品にしか接することのできない芸術家が、プライヴェートをどう過ごし、何を好み、誰を愛し、どんな生き方をしてきたのか、そしてまた一方ではどんな昏(くら)い貌を持っているのか……。取材を受けるような人生を生きてはいないわたしたちは、有名人という“生贄”の真実を知りたいと願う。そして「やっぱりスターは違う」とうっとりしたり、「そんな人だったなんて」と幻滅したりしながら、出歯亀根性を満足させるのだ。
そんな読者のために、誰も聞き出していないとっておきの話や本音を引き出すのが仕事だから、時にインタビュアーはアンタッチャブルな領域に踏み込んで、相手を怒らせてしまうことがある。多くの読者は、有名人は偉いのだから、インタビュアーとの力関係は当然有名人のほうが強いと思っているかもしれないし、芸能プロダクションの圧力に弱い日本のマスコミにおいては、たしかにそうでありがちだ。が、内実はそれほど単純なものでもない。前述したとおり、優秀なインタビュアーは、面白い記事を書くためなら相手の嫌がる領域にズカズカ踏み込んでいくことを厭わないから。インタビューする者とされる者の力関係は、だから時に逆転する。捕食者がインタビュアーで、被食者が有名人のケースもあり得るのだ。
デイヴィッド・ロッジの『胸にこたえる真実』に登場する女性ジャーナリスト、ファニーはまさにその恐るべき捕食系インタビュアーだ。人気脚本家サムの虚栄心を部分かつらを着用していることで暴き出し、濫作の姿勢を「作家としての怠惰」であると一刀両断にする鮮やかな筆致は惚れ惚れするばかりで、辛口記事一般がそうであるように、彼女の知的毒舌に満ちた記事の人気は高い。さて、そのサムの親友エイドリアンも、ファニーから取材を申し込まれている。しかし、彼はかつて優れた作家だった時代こそあれ、現在は執筆から足を洗い田舎で隠遁生活を送っている、なかば文壇から忘れ去られた人物。なぜ、彼女が自分に白羽の矢を立てたのか。エイドリアンは好奇心に負けて、ファニーを自宅に招くのだが――。
登場人物はたったの四人。元々、ロッジが戯曲として書き下ろしたものを小説化しただけであって、静かな一場三幕劇を観ているような雰囲気と構成を備えている。作家は「ゲーム」と断じ、インタビュアーは「取引」と応じる丁々発止の言葉のやり取りが刺激的だ。
読者の目にも初めは「もはや言うべきこともないのに、(中略)おなじことを飽きもせずに繰り返す作家」ではありたくないから筆を折った高潔の作家と映るエイドリアンが実は……という、まさにタイトルどおりの真実が明らかにされるくだりも「!」。ロッジが明らかにする、生きていく中で否応なく堆積してしまう、見たくもわかりたくもない真実のホロ苦さ、それをインタビューという仕掛けを使って鮮明にするトリッキーな語り口が見事な一編なのだ。
【この書評が収録されている書籍】
そんな読者のために、誰も聞き出していないとっておきの話や本音を引き出すのが仕事だから、時にインタビュアーはアンタッチャブルな領域に踏み込んで、相手を怒らせてしまうことがある。多くの読者は、有名人は偉いのだから、インタビュアーとの力関係は当然有名人のほうが強いと思っているかもしれないし、芸能プロダクションの圧力に弱い日本のマスコミにおいては、たしかにそうでありがちだ。が、内実はそれほど単純なものでもない。前述したとおり、優秀なインタビュアーは、面白い記事を書くためなら相手の嫌がる領域にズカズカ踏み込んでいくことを厭わないから。インタビューする者とされる者の力関係は、だから時に逆転する。捕食者がインタビュアーで、被食者が有名人のケースもあり得るのだ。
デイヴィッド・ロッジの『胸にこたえる真実』に登場する女性ジャーナリスト、ファニーはまさにその恐るべき捕食系インタビュアーだ。人気脚本家サムの虚栄心を部分かつらを着用していることで暴き出し、濫作の姿勢を「作家としての怠惰」であると一刀両断にする鮮やかな筆致は惚れ惚れするばかりで、辛口記事一般がそうであるように、彼女の知的毒舌に満ちた記事の人気は高い。さて、そのサムの親友エイドリアンも、ファニーから取材を申し込まれている。しかし、彼はかつて優れた作家だった時代こそあれ、現在は執筆から足を洗い田舎で隠遁生活を送っている、なかば文壇から忘れ去られた人物。なぜ、彼女が自分に白羽の矢を立てたのか。エイドリアンは好奇心に負けて、ファニーを自宅に招くのだが――。
登場人物はたったの四人。元々、ロッジが戯曲として書き下ろしたものを小説化しただけであって、静かな一場三幕劇を観ているような雰囲気と構成を備えている。作家は「ゲーム」と断じ、インタビュアーは「取引」と応じる丁々発止の言葉のやり取りが刺激的だ。
読者の目にも初めは「もはや言うべきこともないのに、(中略)おなじことを飽きもせずに繰り返す作家」ではありたくないから筆を折った高潔の作家と映るエイドリアンが実は……という、まさにタイトルどおりの真実が明らかにされるくだりも「!」。ロッジが明らかにする、生きていく中で否応なく堆積してしまう、見たくもわかりたくもない真実のホロ苦さ、それをインタビューという仕掛けを使って鮮明にするトリッキーな語り口が見事な一編なのだ。
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