前書き

『世界を変えた地図 上:古代の粘土板から大航海時代、津波マップまで』(原書房)

  • 2023/03/15
世界を変えた地図 上:古代の粘土板から大航海時代、津波マップまで /
世界を変えた地図 上:古代の粘土板から大航海時代、津波マップまで
  • 翻訳:伊藤 晶子,小林 朋子
  • 編集:ジョン・O・E・クラーク
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2022-12-26
  • ISBN-10:4562072385
  • ISBN-13:978-4562072385
内容紹介:
ポイティンガー図、北欧神話、プトレマイオスやフンボルト、オルテリウスら地図製作者など、「地図」と人間の歴史4000年を解説。
世界を変えた地図 下:ロンドン地下鉄からトールキンの中つ国まで /
世界を変えた地図 下:ロンドン地下鉄からトールキンの中つ国まで
  • 翻訳:伊藤 晶子,小林 朋子
  • 編集:ジョン・O・E・クラーク
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2022-12-26
  • ISBN-10:4562072393
  • ISBN-13:978-4562072392
内容紹介:
ダ・ヴィンチの視点、軍用地図、アトランティス、アーサー王とアヴァロン島、プロパガンダなど、多彩な地図をめぐる人類の知的冒険。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

私たちはどのように世界をとらえ、描写してきたのでしょうか。想像上の地図、軍用地図、津波マップ、金星の測量、地下鉄路線図ほか、さまざまな知恵とテクノロジーが織り込まれ、古代では神話や宇宙観を反映した地図のコレクションとともに人類の長い旅をたどる書籍『世界を変えた地図』から「はじめに」を特別公開します。

人類の叡智が凝縮されたユニークな地図製作の歴史

地図には、現実と想像の世界を目に見える形で示す力がある。地図に描かれた線と点、そして空白の部分は希望と恐れを同時に表しており、それが人々の心を惑わせ、感動を呼び起こす。本書に収められた地図を見れば、地図製作がいかにサイエンスであり、アートであるかがよくわかる。

地図は書き言葉が生まれる前から存在し、今日では最先端のコンピューター技術や画像システムを駆使して製作される。多くの地図は、地球物理学的な現実世界と同様に、その地図の製作者が信じていた宇宙観を見る者に伝えてくれる。また、社会的かつ政治的な野望と権力を描写したものとして、土地の所有権や支配権を声高に主張もする。

洋の東西を問わず、地図製作法の発展の歴史は、人類が宇宙空間をどのように把握してきたかという歴史から切り離すことはできない。想像と現実の両方の観点から捉えた空間は、人間と天界との関係性として描写される場合もあれば、侵略された世界や征服された世界そのものである場合もあった。また地図製作には、楔形文字の使用からコンピューターを使ったデザインまで、時代ごとの技術的進歩も反映されている。本書に収録されたバラエティーあふれる地図のコレクションを眺め、その製作にまつわる物語を読み進めることで、それぞれの文化と地図という図による表現とのあいだで、絶え間なく変わる関係性に光が当たることを願っている。

多くの地図は、シンプルに美しい。例えば、アレクサンダー・フォン・フンボルトによる地球の磁場地図やNASAによる金星探査地図の背後にある科学的根拠を理解することは望ましいとはいえ、地図を視覚的に楽しむために科学は必ずしも必要ではない。その一方で、地図製作は科学的試みというよりは審美性の追求であるとみなす人々に対しては、いい機会なので、ここでお伝えしておこう。

x = tan–1 (tanθcosθp + sinθp sin (z-z0))/cos(z-z0)

この式では、zが経度を、θは緯度を表す。これは、基本的なメルカトルの斜投影法を使った座標計算の単純な数式である。

中には、美しいとは言えず、技術的にも科学的にも精度が低いと評価されている地図もある。そのような地図の掲載にはまた別の理由がある。プロパガンダ用に製作された地図の実例を載せたのは、地図が語る言語は注意深く読み取る必要があることを忘れないためである。1760年にジェイムズ・モントレッサー大佐は、「戦場である北アメリカの一部における道路、(中略)川、(中略)新要塞の位置を明確に示した一般図」を描きながら、「牧師はもちろんのこと、軍隊にとっても非常に好条件の地である」と確信していた。それを考えれば、探検用の地図は、貿易と領土獲得というニーズに合わせて作られたのだという事実に思い至るだろう。ジョン・スノウのコレラ追跡地図のように、社会問題を提示した地図もある。

地図には図形で表示するという難題が常につきまとう。大球体を小縮尺の2次元で正確に描写する場合には、解決できない問題を必然的に伴い、それはつまり、地図の製作には妥協がつきものであることを意味する。この基本事項の他にも、関連情報を探し出し、それを異なる縮尺で再現できるように空間的に位置づけ、正確に描写する場合に、特定の種類の地図がそれぞれ抱えている重要な問題がある。鉄道路線を表示するよりも、警戒地域(街の人々が立ち入るのを避ける場所)を示すほうが難しいにもかかわらず、後者も前者と同様に空間的世界ではかなりの部分を占めている。イタリアのカトリックやイスラエルのユダヤ教など、信者数の多い宗教を提示するのは可能だが、宗教的コミットメントの度合いを描写するのは相当困難である。

地図は空間認識を手で触れられる形態に変えたものであるが、警戒地域や宗教的コミットメントの度合いには変化して固定的ではないという性質があるため、地図そのものがどのように理解されるかに大きな影響を与える。複数の意味を内在する能力が地図にどの程度あるかによって、地図の魅力、複雑さ、重要性が増す。世界は「どちらが上」であるべきかという問題の中では、脚色された幅広い意味づけがなされる。

北半球を地図の上部に表示すべきであるという考え方に対する反論は常にあり、特に「マッカーサーの修正世界地図」(アーターモン、1979年)の説明文の最後には、「オーストラリア万歳──世界の覇者」と書かれている。地図を作るときに、グリニッジ子午線を基準にして中央にヨーロッパを配置しなければならない理由など、どこにもないのである。実際に、初期の地図の多くはそうなってはいないし、アメリカの地図では西半球を中央に配置したものが多い。

本書に収録された多数の地図は、もともとは地図帳の一部であった。例えば、アブラハム・オルテリウスとブラウ家が製作した地図の掲載には力を入れているが、理由はその作品が美しいというだけで十分であろう。古さというよりも歴史として意味のある歴史地図帳は、地図製作法がどのように変化してきたのかという興味深い洞察を提供してくれる。

20世紀に至るまで、歴史地図帳の内容は、特に戦争と領土を巡る支配権の推移という国際関係の観点から主に定義されていた。歴史のプロセスでは国家が重要な単位(そして目的)とみなされ、それに応じて、地図帳にとっての関心は何よりも帝国の興亡に伴う国境の変化に向けられた。周期的に繰り返すという性質を持つかに見えるさまざまな帝国の盛衰は、特にローマ帝国で顕著であるように、歴史地図帳に倫理物語の性質を付加しており、エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』(中倉玄喜訳、PHP出版、2020年)をはじめ、当時の歴史作品にもそれがそのまま映し出されている。

19世紀の(そしてそれ以前の)ヨーロッパ勢力の拡大は、世界のヨーロッパ以外の国々を体系化し、階層化するという役目を果たした。ロンドンの法廷弁護士エドワード・クインは、著書『時代ごとの一連の世界地図をもとにした歴史地図帳』(ロンドン、1830年)の序文の中で、ヨーロッパ中心の言葉で「文明」を表現するために色を用いた。「われわれ西洋人は、あらゆる時代をオリーブ色の影で一様に覆ったといえよう。(中略)つまり、現在のアフリカ内陸にかつて存在したような野蛮な未開の地を均一化したのである」。

1945年以降は、地図の信頼性が揺らいだ形跡が見られる。歴史地図帳において自然地理学に重きを置かなくなった背景には、グローバリゼーションや、分析的手法の物質主義的解釈からの転換など、多くの要因があった。実質的な影響として、地図がより革新的なデザインになるにつれ、言葉による説明とは対極にある地図そのものが物語るという能力に対して、信頼が失われていった。

視覚優位の世界における地図の重要性

私は幼少期に地図に興味を持つようになった。読んでいる本が『スワローズ・アンド・アマゾンズ』であろうと『ホビット』であろうと、地図が載っていればお気に入りになった。地図によって物語が深まり、わかりやすく現実味を帯びたものになるからだ。ロンドン周辺で成長するに従って、私の世界も地図で定義されるようになった。ハリー・ベックが考案した地下鉄路線図では、都市の不規則さを明確なシンメトリーで構造化して、異なる経路が表示されていた。また、私が住む郊外の市街地図は、A to Z市街地図帳の一部でかなり不完全な部分もあったが、私が新聞配達中に本来通るべき道からはるかに逸れたときに、非常に役立った。

子どものころ、私は実在しない場所の想像上の歴史物語を書いたが、それには地図が必要だったので、少なくともひとつは実在する国の歴史の解説も入れて、地図を描いた。(読者のみなさんも、本書の最終章「空想の世界、寓話、創作物語」について考察すると、似たような記憶が呼び覚まされるかもしれない)。学科では地理学は歴史学と同じ意味だった。つまり、「立地を地理的に分析した場合、バナナはどこでとれると考えられるだろうか」という現代の考え方ではなく、「バナナはどこでとれるか」だけを意味したからだ。それゆえ、私が10代のころ、ヨーロッパ大陸での家族のドライブ旅行やイングランドでのウォーキング休暇のルート計画係を担ってあれほど興奮したように、地図は現実世界の鍵を開くのである。今日でもなお、私は機内で地図(機内誌に挟まれた紙製のものやモニター上の電子版)を見つけるとそそられる。また、同じ経路をいかに対照的な方法で示せるかという、その違いにも引きつけられる。

私が最初にこの序文を書こうと考えていたころ、イギリスの新聞は選挙地図であふれていた。それらはわかりやすい一方で、誤解を招きかねないほど単純化されていた。「小選挙区制」というイギリスの投票システムが生み出した手法では、有権者の60%以上が当選した候補者以外に投票した選挙区は「後者の党」として色分けされる。これは、誰が当選したかという点では結果を即座に正確に反映しているが、投票者の選好という点では誤解を生む恐れのある描写である。色分けしたドットマップ(ドット密度表示)であれば、選挙区ごとの投票総数に比例するドットの数と色で投票者の選好がより適切に表示されるが、正確さのためにわかりやすさを犠牲にすることになる。このようなバランスの取り方は、本書に掲載されたすべての地図で行われている。

私の解説に共感してくれる読者もいるだろう。そして誰もが、地図を理解して評価するというその人なりの歴史を持つことになるだろう。このような理解と評価がバラエティーに富み、たいていが極めて個人的なものであるならば、まったく異なる方法でどのように地図を表示できるかという問題を解決するヒントとなる。地図がプロパガンダの目的でしばしば派手に利用されてきたとしても、その地図に価値がないという意味ではないし、土地の分割や景観の操作によって領土を支配するための単なるシステムでしかないという意味でもない。そのような捉え方ではなく、地図製作者の知覚のニュアンスを読み取り、それに伴う描写を理解すると同時に、地図製作に内在する問題を正しく認識する必要がある。

本書は読者に、未来に目を向ける勇気を与えるだろう。文字よりも視覚が次第に優位になっている世界では、地図は極めて重要な役目を果たすことになる。その理由のひとつは、描写が必要なシステムは、それが人間の脳のような自然物であっても、マイクロチップのメカニズムのような人工物であっても、われわれになじみのないものか、なじみのある言葉では理解できないものだからである。地図による拡張世界を鑑賞する際には、生き生きとした壮大な地図製作の歴史に対する考察から、どのような洞察がもたらされるかを理解することが重要である。

[書き手]ジェレミー・ブラック(歴史学教授)
イギリスのエクセター大学歴史・政治・社会学部歴史学教授。専門分野は、1500年代以降の軍事史、18世紀のイギリス史、国際関係、および地図製作の歴史。

世界を変えた地図 下:ロンドン地下鉄からトールキンの中つ国まで /
世界を変えた地図 下:ロンドン地下鉄からトールキンの中つ国まで
  • 翻訳:伊藤 晶子,小林 朋子
  • 編集:ジョン・O・E・クラーク
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2022-12-26
  • ISBN-10:4562072393
  • ISBN-13:978-4562072392
内容紹介:
ダ・ヴィンチの視点、軍用地図、アトランティス、アーサー王とアヴァロン島、プロパガンダなど、多彩な地図をめぐる人類の知的冒険。

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世界を変えた地図 上:古代の粘土板から大航海時代、津波マップまで /
世界を変えた地図 上:古代の粘土板から大航海時代、津波マップまで
  • 翻訳:伊藤 晶子,小林 朋子
  • 編集:ジョン・O・E・クラーク
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(208ページ)
  • 発売日:2022-12-26
  • ISBN-10:4562072385
  • ISBN-13:978-4562072385
内容紹介:
ポイティンガー図、北欧神話、プトレマイオスやフンボルト、オルテリウスら地図製作者など、「地図」と人間の歴史4000年を解説。

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