書評
『エイプリルに恋して』(東京創元社)
やっぱり自分が一番大切。けど、自分よりも相手を守りたいって気持ちで胸がいっぱいになる一瞬が、たまに訪れたりもする。そう、誰かのことをすごく好きになった時。初めは、そうでもないんだよね。好きって想いに対処するのに精一杯で、相手の気持ちまで考えが及ばない。つい主語を“あたし”や“おれ”に置いちゃって、自分勝手な妄想をふくらませがち。で、こういう熟してないエゴイスティックな愛情を、相手の都合おかまいなしに押しつける人のことを、世間ではストーカーって言ってるわけだけど、大抵の人はその未熟な段階から次のステージへと進むことになってるわけで。それが、相手を大事に思う気持ち。主語が自分から相手に移った時が、本当の意味で恋に落ちた瞬間なんだと思う。
『エイプリルに恋して』に出てくるローティーンの男の子トニーは、初めのうち自分のことしか考えていない。他の女の人を好きになった父親から、母親共々追い出され、ほとんど無一文のまま川べりの寒村にやってきたトニー。屋敷でメイドやコックにかしずかれ、有名寄宿学校で勉強にいそしんでいた生活から、一転、こんなみじめな生活に堕ちたのは父親の愛情を引き留めておけなかった母親のせいなんだからと、家事に不慣れな母親を手助けしようともしない。そんな時、トニーとその母ピゴット夫人のもとに救世主が現れる。耳が聞こえないために、村人から知能の足りない自然児とバカにされている少女エイプリルだ。彼女はピゴット夫人に家事のコツ、料理の仕方を身ぶり手ぶりで伝えていく。
耳が聞こえないからうまく発語できず、知恵遅れだと思われているエイプリル。身体が成長していくにつれ、村の悪ガキどもから好色なまなざしを向けられるようになり、それが恐ろしいから、わざと汚い格好をしているエイプリル。本当は優れた理解力を持っているのに、表に出すことができないエイプリル。誰からも一人の人間として扱ってもらえないエイプリル。
初めは村人たちと同じような目で彼女を見ていたトニーが、少しずつその目の曇りを払い、本当のエイプリルの姿を発見していく。自分のことしか考えなかったトニーが、主語をエイプリルに置き換えて物事を見るようになっていく。幼い二人の恋の過程を丁寧に描いて、この物語はとても切ない。トニーはエイプリルをキスして抱きしめ、「ぼくはいっしょにここにいるよ……」と伝えたいと思い、彼女を村人からの偏見や悪意のこもった噂話から守ってやりたいと願う。でも――。
単純なハッピーエンドや悲劇では幕をおろさない、この小説が残す余韻は深い。作者は読者にどんな感情や解釈も強制しない。読んだ人に続きを託す開かれた形で、トニーとエイプリルの物語を終えているのだ。ああ、でも、二人の恋のその後の行方を想像すればするほど哀しくなっちゃうのは、やっぱりわたしが年寄りだから? 二人と同世代のキミの想像こそが聞きたくてたまらない。
【この書評が収録されている書籍】
『エイプリルに恋して』に出てくるローティーンの男の子トニーは、初めのうち自分のことしか考えていない。他の女の人を好きになった父親から、母親共々追い出され、ほとんど無一文のまま川べりの寒村にやってきたトニー。屋敷でメイドやコックにかしずかれ、有名寄宿学校で勉強にいそしんでいた生活から、一転、こんなみじめな生活に堕ちたのは父親の愛情を引き留めておけなかった母親のせいなんだからと、家事に不慣れな母親を手助けしようともしない。そんな時、トニーとその母ピゴット夫人のもとに救世主が現れる。耳が聞こえないために、村人から知能の足りない自然児とバカにされている少女エイプリルだ。彼女はピゴット夫人に家事のコツ、料理の仕方を身ぶり手ぶりで伝えていく。
耳が聞こえないからうまく発語できず、知恵遅れだと思われているエイプリル。身体が成長していくにつれ、村の悪ガキどもから好色なまなざしを向けられるようになり、それが恐ろしいから、わざと汚い格好をしているエイプリル。本当は優れた理解力を持っているのに、表に出すことができないエイプリル。誰からも一人の人間として扱ってもらえないエイプリル。
初めは村人たちと同じような目で彼女を見ていたトニーが、少しずつその目の曇りを払い、本当のエイプリルの姿を発見していく。自分のことしか考えなかったトニーが、主語をエイプリルに置き換えて物事を見るようになっていく。幼い二人の恋の過程を丁寧に描いて、この物語はとても切ない。トニーはエイプリルをキスして抱きしめ、「ぼくはいっしょにここにいるよ……」と伝えたいと思い、彼女を村人からの偏見や悪意のこもった噂話から守ってやりたいと願う。でも――。
単純なハッピーエンドや悲劇では幕をおろさない、この小説が残す余韻は深い。作者は読者にどんな感情や解釈も強制しない。読んだ人に続きを託す開かれた形で、トニーとエイプリルの物語を終えているのだ。ああ、でも、二人の恋のその後の行方を想像すればするほど哀しくなっちゃうのは、やっぱりわたしが年寄りだから? 二人と同世代のキミの想像こそが聞きたくてたまらない。
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初出メディア

毎日中学生新聞(終刊) 2003年2月24日
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