書評

『立川文庫の英雄たち』(中央公論社)

  • 2023/04/25
立川文庫の英雄たち / 足立 巻一
立川文庫の英雄たち
  • 著者:足立 巻一
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(327ページ)
  • 発売日:1987-06-01
  • ISBN-10:4122014301
  • ISBN-13:978-4122014305
内容紹介:
猿飛佐助、真田幸村、塚原卜伝等の人物を生みあるいは育て、忍者や豪傑が縦横に活躍する痛快無比の世界を築いて大衆文芸の母胎となった「立川文庫」。その成立から終焉に至る事情を詳述し、その魅力の謎に迫る。

夢いっぱいなポケット本の歴史

大正時代に少年期を過ごした人たちにとって、「立川文庫」は夢いっぱいなポケット本だった。おそらくそれは昭和前期の「少年俱楽部(クラブ)」の人気にも匹敵するものがあったと思われる。丹羽文雄などは中学入試のころ、熱中したおかげで、試験に落ちたと告白しているくらいだ。

「立川文庫」は正確にはタツカワ文庫と読むらしい。発行者の立川熊次郎もタツカワである。しかし一般にはタチカワで通っている。辞典などでもこの通称に従ったものが多い。明治の末年から大正期へかけて、約二百点ほど大阪の立川文明堂から刊行された縦十二・五センチ、横九センチの小型本だが、それまでの速記による講談とはことなり、はじめから書き下ろされたもので、それだけ大衆文学に近く、速記講談から大衆文学へ橋を架ける役割をもはたした。

著者も少年期に「立川文庫」にとりつかれた一人だったらしく、なかでも「猿飛佐助」や「霧隠才蔵」など真田十勇士の忍術名人に興味を抱き、その成立の事情を知りたいと考えたことから、忍術の歴史的考証や「立川文庫」研究に取り組んだという。

足立巻一の「立川文庫」研究は昭和三十年にさかのぼる。たまたま「立川文庫」執筆集団の生き残りであった池田蘭子の存在を知り、彼女の自伝的回想「女紋」の出版に協力したことで、その成立の事情や歴史を掘りおこし、大衆文化史の一環として位置づける努力をつづけてきた。「立川文庫の英雄たち」はその集大成である。

文庫が誕生するまでの大阪を中心としたいわゆる赤本の出版状況、明治末年の貸本業界の模様、速記界のありかたなどから洗い出し、「一休禅師」など話題をよんだ作品の内容や特質にふれ、それがもたらした小型本シリーズの流行や忍術ブームなどにも言及している。

はじめは玉田玉秀斎(二代目)の口述を筆記するというたてまえだったようだが、諸種の事情から書き下ろしによるいわゆる書き講談がこころみられ、それが意外な人気をよんで、佐助や才蔵、それに三好清海入道などの諸人物が、虚構のヒーローとして創造されてゆく過程が、丹念な裏づけをもって語られている。

足立巻一は本居春庭の研究家だけあって、文献の渉猟や踏査にも念を入れ、おまけに新聞記者出身らしい目くばりをもちながら、「立川文庫」の成立と人気の秘密に迫っているのだ。唯一の生き残りだった池田蘭子も、昭和五十一年一月に八十二歳で亡くなった。彼女はよくみずから「いけずでごりがん」だといっていたが、強情で強引というのはあたらず、むしろどこまでも事柄に執してゆく気魄の持ち主であり、同時に浪花女の典型だった。足立巻一はその池田蘭子の死までを書くことで、「立川文庫」の歴史をしめくくっている。
立川文庫の英雄たち / 足立 巻一
立川文庫の英雄たち
  • 著者:足立 巻一
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(327ページ)
  • 発売日:1987-06-01
  • ISBN-10:4122014301
  • ISBN-13:978-4122014305
内容紹介:
猿飛佐助、真田幸村、塚原卜伝等の人物を生みあるいは育て、忍者や豪傑が縦横に活躍する痛快無比の世界を築いて大衆文芸の母胎となった「立川文庫」。その成立から終焉に至る事情を詳述し、その魅力の謎に迫る。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1980年9月19日

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