前書き

『ミンキアーテ・タロット:ルネサンス時代に生まれたもう一つのタロット全97枚』(原書房)

  • 2023/05/01
ミンキアーテ・タロット:ルネサンス時代に生まれたもう一つのタロット全97枚 / ブライアン・ウィリアムズ
ミンキアーテ・タロット:ルネサンス時代に生まれたもう一つのタロット全97枚
  • 著者:ブライアン・ウィリアムズ
  • 翻訳:美修 かおり,鏡リュウジ
  • 監修:鏡リュウジ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(304ページ)
  • 発売日:2023-03-22
  • ISBN-10:4562072598
  • ISBN-13:978-4562072590
内容紹介:
欧米でロングセラー。タロットファン必携のルネサンス発祥の伝説的デッキのリニューアル版カードと解説書、ついに邦訳が登場。
ルネサンス期にフィレンツェで誕生したタロットのリニューアル版カードと、その解説書がセットになって登場。主流のタロットに12星座と4エレメントなどが加わった全97枚は、イメージをより豊かに表現します。タロット・ファン必携の本書『ミンキアーテ・タロット』より、冒頭部分を公開します。

ミンキアーテ・タロットへの誘い

このところ、タロットの人気はますます高まっているように感じられます。手軽な占いゲームとしてはもちろんのこと、今の自分の心の状況を真摯に見つめるためのツールとして、そして一種のアート作品としても改めて評価されるようになってきたのです。また過度にオカルト的なドグマをタロットの中に見る向きはしだいに影をひそめ、実証的な歴史に基づいたタロット観が受け入れられるようになりました。

タロットは古代に起源をもつものではなく15世紀イタリアで誕生し、これが「オカルト化」されたのは18世紀末以降、そして20世紀に入ってポピュラーな占いのツールへと変容していったことは今では広く知られています。

タロットは古代からの秘教的な叡智を伝えている暗号だ、などという子どもじみた魔法の夢が覚めても、タロットが豊かな西欧の絵画や図像と同じ水脈から生まれてきていること、そしてもともとはゲームだったタロットに多くのオカルト主義者たちの「創造的誤読」が重なって、今のようなかたちの興味深いカルチャーが生まれたと知られるようになったことが人々の知的好奇心をくすぐるようになっています。またタロットの象徴的な意味の基盤には、心理学者ユングが「元型」と呼ぶ人間に普遍的な心の働きが存在すると僕は感じています。

そして、タロットの「脱神秘化」と、それを経たうえでのより自由で成熟したタロット理解の広がりは、日本のタロット文化を次のステージへと進めているように感じます。これまでわが国ではあまり知られていなかった「もう一つのタロット」――すなわち「ミンキアーテ・タロット」をご紹介する時機を得たというのもその一つの証拠ではないでしょうか。

ミンキアーテ・タロットは、16世紀のフィレンツェに生まれたユニークなタロットの一種。切札(大アルカナ)と数札(小アルカナ)からなる構成は主流のタロットと同じで、これは明らかにタロットの一ヴァリエーションなのですが、その枚数や構成が大きく異なっています。

なによりその枚数が多い。通常のタロットが大小アルカナ合わせて78枚であるのに対してミンキアーテ版タロットは97枚! 小アルカナにあたるカードの構成は主流のタロットと同じ56枚ですが、大アルカナに相当するカードが41枚もあるのです。通常のタロットの切札は22枚ですから、ほとんど倍近い枚数が含まれることになるわけですね。

18世紀末から生まれてきたタロットのオカルト的解釈の基盤の一つは、主流のタロットの「大アルカナ」22枚とユダヤの秘儀カバラで重視するヘブライ文字22文字の数が同じだったということでした。タロットはカバラの秘儀を伝え、またそこには数秘術的なドグマが込められていると考えられたのです。となるとミンキアーテなど枚数が22枚ではないタロットの存在は、近代オカルトにおけるタロット解釈にとっては「不都合な真実」となります。しかし、いったん、すでに出来上がったオカルト的な体系からタロットが誕生しているという発想から脱すれば、「これこそ正統」「こちらが真実」などと主張することなく、歴史的なタロットをよりフレキシブルに解釈して占いに用いていくことができるでしょう。

ミンキアーテのカードには、通常のタロットにはない(あるいは欠けていた)魅力的な切札が付け加えられています。『賢慮』や『希望』『慈愛』『信仰』『貞潔』といった美徳、また占星術ファンにはうれしいことに12星座や火水地風の4エレメントが存在します。一方で『女教皇』『教皇』は姿を消し、新たに『大公』『西の皇帝』『東の皇帝』に僕たちはこのデッキで出会うことになります。本書に見られるようにこれらの図像は中世からルネサンス文化の魅力的な遺産です。

またその名前……「ミンキアーテ」という言葉からして、このデッキに世俗性を感じられる方もおられるでしょう。イタリア語では今でもミンキアーテというと、ちょっとここで訳すにははばかられるような、お上品ではない、猥雑な響きをもつのだそうです。ただし、カードゲーム研究の権威マイケル・ダメットによれば、少なくとも20世紀以前のフィレンツェやローマではこの言葉にはそのような意味はなくタロットゲームのプレーヤーが用いるsminchiare(高位の切札でプレイする)という動詞と関係があるということです。

オリジナルのカードといえば16世紀当初のカードを基にして復刻したカードも現在では何種類か市販されています。現代の僕たちの目から見るとそれは古風でシックに映るものではありますが、当時の人たちからするとその名からしても極めて世俗的な遊び道具だったのでしょう。もっともその中には7つの美徳なども含まれていますから、遊びを通じての一種の教育的な目的もはらんでいたのかもしれません。

繰り返しになりますが、ミンキアーテの主な目的は占いではありませんでした。これは通常のタロットも同じです。ミンキアーテを占いのカードとして用いるのはごく新しい伝統となりますから、そこに創意工夫を凝らした解釈者が必要になります。そこで現れたのが、このキットの著者、ブライアン・ウィリアムズです。アメリカ人ではあっても、イタリアに留学しタロットの図像の水脈にあたる寓意画の伝統に造詣が深いこの著者は、自らタロットの「読み手」でもあり、またタロットを描く画家でもあります。伝統的なミンキアーテの図像の由来を探り、自らの手で新たなミンキアーテ版を描き、そしてそこに実際的な解釈や意味を与えるにあたってはこれ以上の人物はいないでしょう。ブライアン・ウィリアムズの仕事によって僕たちはこの歴史ある魅力的なデッキを現代的な占いカードとして再生させ、手にすることができるようになったのです。

ここで少しだけ、思い出話を。ブライアンさんとはかつてシカゴでのタロット会議でお目にかかっています。街から離れた空港近くのホテルが会議の会場で、数日、缶詰めにされ「ホテル飯」に飽き飽きしていた僕たちを、「こんな宇宙ステーションみたいなところに閉じこもっていられない。外に行こう!」と食事に誘っていただけたのは忘れられない思い出です。その早すぎる死を多くのタロット関係者が悼むことになったのはそれから数年後でした。この日本語版をもう少し早くお届けできたらよかったのに、と思うのが唯一の心残りです。

さあ、もう一つのタロット、ミンキアーテ・タロットの世界へ。このデッキがあなたのタロットの宇宙をぐっと広げてくれることを確信しています。

[書き手]鏡リュウジ(占星術研究家・翻訳家)
ミンキアーテ・タロット:ルネサンス時代に生まれたもう一つのタロット全97枚 / ブライアン・ウィリアムズ
ミンキアーテ・タロット:ルネサンス時代に生まれたもう一つのタロット全97枚
  • 著者:ブライアン・ウィリアムズ
  • 翻訳:美修 かおり,鏡リュウジ
  • 監修:鏡リュウジ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(304ページ)
  • 発売日:2023-03-22
  • ISBN-10:4562072598
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