本文抜粋

『とまる、はずす、きえる: ケアとトラウマと時間について』(青土社)

  • 2023/05/02
とまる、はずす、きえる: ケアとトラウマと時間について / 宮地 尚子
とまる、はずす、きえる: ケアとトラウマと時間について
  • 著者:宮地 尚子
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2023-04-20
  • ISBN-10:479177549X
  • ISBN-13:978-4791775491
内容紹介:
トラウマ研究と、医療・福祉の現象学の第一人者が、具体と抽象を行き来しながら紡ぎ出す、比類なき対談集。
トラウマ研究の第一人者である宮地尚子さん、医療・福祉の現象学の第一人者である村上靖彦さん。目の前のひとの声に耳を澄ませ、声にならない動きに目を向け続けてきたおふたりから紡ぎ出される少しユニークな対談集『とまる、はずす、きえる――ケアとトラウマと時間について』(青土社)。刊行を記念して、本書より「まえがき」「あとがき」の一部を公開いたします。

人の深淵へといざなう言葉の足跡 

本書の大きな特徴は、「すぎる」「はずす」「とまる」「それる」「やりすごす」「ずれる」「おりる」「すれちがう」「きえる」といった動詞を軸として対話が進むことである。これらの動詞は身体動作を 表すと同時に対人関係の間合いであり、身体と状況や世界との関係を繊細かつ複雑に表現する。一つひとつの動詞は一義的に決まっているわけではなく、多様なニュアンスの拡がりをもちえる。一つの言葉について、宮地さんと私でまったく異なる捉え方をしている場面が少なくない。学問的な硬い概念では取りこぼされる人間の経験の微細なニュアンスについて、考察することへと宮地さんも私もいざなわれた。

大まかに言うと、宮地さんが人間のダークサイドを覗き込むのに対して、私は少々楽天的に人間を描いたようにも感じる。キャラクターの異なる二人が相手の思考に戸惑いながら糸を紡ぎ出すことで、次第に人間の複雑さという壁を前に二人で途方に暮れることになったのだ。『徒然草』がそうであるように、本書には結論がない。次々に枝分かれしていく道をたどっていく対話がしばしばまだ先に道が続くことを確認したところで立ち止まっている。その先は、読者自身がそれぞれの杣道Holzwege(ハイデガーの書名)をたどっていくことになる、そのような道標Wegmarken(これもハイデガーの書名)となることを願っている。

ーー村上靖彦(「まえがき」より一部抜粋)



まえがきでは予感について書いたので、ここでは刹那と余韻について書きたい。

まず刹那について。ある程度準備はしていくものの、対談は、いざ本番がはじまってしまえば、即興演奏と同じで、お互いの間を読み取りながら、そのときどきに思い浮かんだ言葉を投げかけあうしかない。

自分の話したいことを考えながら、相手の話していることを聞く。同時に、それにどう答えようかと考える。数分前に自分が話していたことの続きも頭の中に残っている。相手の言葉がじわっと沁みてきて、時間をおいてその話の応答をしたくなることもある。頭の中でたくさんの言葉がせめぎ合う。けれども、幾つもの選択肢の中から一つの応答しか選ぶことはできない。刹那の連続である。

対談が書き起こされた原稿を見て、つまりは刹那の記録を見て、ああ、ここはかみ合っていないな、村上さんの言葉の真意を受け取れていないな、いい話題を振ってくれたのに拾えてないな、と思うことがたくさんあった。

ただ同時に、とても大事なことをたくさん話せたような気がする。刹那だからこそ、話すつもりではなかったことが、ぽろっと口から出てきたりもする。一人でする執筆とは異なる意識の窓が開いて、言葉が出てくる。もしくは相手の言葉が意識のもとを降りていって、深いところで何かに当たり、別の言葉や別の記憶が引き上げられてくる。自分では気づかなかったつながりに気づかせてもらったり、記憶のよどみから、別の小さな気づきが生まれてくる。

 ーー宮地尚子(「あとがき」より一部抜粋)
とまる、はずす、きえる: ケアとトラウマと時間について / 宮地 尚子
とまる、はずす、きえる: ケアとトラウマと時間について
  • 著者:宮地 尚子
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2023-04-20
  • ISBN-10:479177549X
  • ISBN-13:978-4791775491
内容紹介:
トラウマ研究と、医療・福祉の現象学の第一人者が、具体と抽象を行き来しながら紡ぎ出す、比類なき対談集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
青土社の書評/解説/選評
ページトップへ