書評

『悲願千人斬の女』(筑摩書房)

  • 2024/07/09
悲願千人斬の女 / 小沢 信男
悲願千人斬の女
  • 著者:小沢 信男
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:2004-08-10
  • ISBN-10:4480818243
  • ISBN-13:978-4480818249
内容紹介:
芸者と歌人という二つの顔をもって江戸から明治の時代を生きた女傑・松の門三艸子。大名や元勲、志士から文人墨客まで、二十年間に「千人斬」を果したと言われる彼女の数奇な生涯を描く標題作。そのほか、妾の数だけ支店をつくった牛鍋屋「いろは大王」など、破天荒な人物が次々登場。

破天荒な奇人列伝、至芸の名調子で

『犯罪紳士録』の著者による破天荒な奇人列伝。一度読みはじめたらやめられないほど面白い。山田風太郎の明治ものをもっと実証的に仕上げた趣だが、著者の口調が講談の名人のように弾んで、それじたい至芸として結晶している。

表題の「千人斬」を達成した有名女性は二人いる。女の場合は、千人信心といい、心願かなうと観音様になるらしい。その一人が下谷芸者のお玉。接した男の家紋を背中の上から順に刺青(いれずみ)して、尻まで紋だらけになったというから凄まじい。だが、千回千個もの刺青が背中に乗りきるかと思うと、眉唾物の疑いも生じてくる。

もう一人が本書の主人公、松の門三艸子(とみさこ)。明治の高名な歌人だが、二十歳で深川芸者となり、山内容堂や松平確堂など、旧幕の並みいる大物の寵を受けた。数え年四十八で大願成就、赤飯を配ったという。だが、そんな淫蕩な女がどうして一流の芸者として遇され、歌道の師として名門へ出入りできたのか? また、それが伝説にすぎないとすれば、なぜそんな伝説が生まれたのか?

小沢名探偵は、終始、この侠気あふれる江戸っ娘・三艸子をえこ贔屓しながら、実証と推理を展開し、快刀乱麻を断つごとく千人斬の真実を斬ってみせる。そのスリリングな名調子をとくと堪能あれ。

残る三人は男で、現代では三艸子よりはるかに有名人。それだけにどこかで聞いたような話もまじるが、先にもいったとおり、ここは小沢信男の名人芸を楽しむべき極上の寄席なのである。聞いたことのある演目だと目くじらを立てるような野暮天には端(はな)からお引きとり願おう。

妾を作るたびに支店を経営させ、二十店舗と、三十人の子供を作った牛鍋チェーン「いろは」の大王・木村荘平。

明治から昭和まで五十六年も精神病院に収容され、そこから世界内閣改造やインド国総長ガンジー任命など号令を下しつづけた「日本一の狂人」芦原将軍。

極貧、アルコール耽溺、少年愛の天才入道・稲垣足穂。

いずれ劣らぬ怪人・奇人の愛すべき言行録だ。千人斬ってくださいとはいわないが、もっともっと続編が読みたい。
悲願千人斬の女 / 小沢 信男
悲願千人斬の女
  • 著者:小沢 信男
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • 発売日:2004-08-10
  • ISBN-10:4480818243
  • ISBN-13:978-4480818249
内容紹介:
芸者と歌人という二つの顔をもって江戸から明治の時代を生きた女傑・松の門三艸子。大名や元勲、志士から文人墨客まで、二十年間に「千人斬」を果したと言われる彼女の数奇な生涯を描く標題作。そのほか、妾の数だけ支店をつくった牛鍋屋「いろは大王」など、破天荒な人物が次々登場。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2004年10月10日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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