書評

『蛇にピアス』(集英社)

  • 2025/03/16
蛇にピアス / 金原 ひとみ
蛇にピアス
  • 著者:金原 ひとみ
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(128ページ)
  • 発売日:2006-06-28
  • ISBN-10:4087460487
  • ISBN-13:978-4087460483
内容紹介:
「スプリットタンって知ってる?」そう言って、男は蛇のように二つに割れた舌を出した―。その男アマと同棲しながらサディストの彫り師シバとも関係をもつルイ。彼女は自らも舌にピアスを入れ、刺青を彫り、「身体改造」にはまっていく。痛みと快楽、暴力と死、激しい愛と絶望。今を生きる者たちの生の本質を鮮烈に描き、すばる文学賞と芥川賞を受賞した、金原ひとみの衝撃のデビュー作。

ヒロイン像を力強く描く散文の潔さ

タイトルの「蛇」とは、スプリットタン(先端が裂けた舌)のこと。

主にマッドな奴らがやる、彼等の言葉で言えば身体改造。舌にピアスをして、その穴をどんどん拡張していって、残った先端部分をデンタルフロスや釣り糸などで縛り、最後にそこをメスやカミソリで切り離し、スプリットタンを完成させる。

ヒロインのルイは、クラブで会った男・アマの二つに裂けた細い舌に魅せられ、アマを恋人にする。自分の舌の真ん中にもピアスを打ち込んでもらう。

私〔ルイ〕はこの意味のない身体改造とやらに、一体何を見出そうとしているんだろう。

その答えが明確に分かっていれば、おそらく舌を二つに裂くことに入れこんだりはしないだろう。ルイは答えを宙吊りにして、舌を裂くことに向かって冷然と進み、同時に、背中に麒麟と龍の刺青をも刻みこみはじめる。本当に痛そうだ。

その理路を欠いたふるまいがけっして不自然に見えないのは、作者の散文の力である。言葉を飾ったり、心理を正当化したりという近代小説の通弊をのがれて、ヒロインの行動と感情の揺れを、大ぶりに、だが、力強い線で彫りあげ、読者の目の前に差しだしてみせる。その散文の潔さは、昨今の芥川賞受賞作のなかでも出色といってよい。

そして、この十九歳でアルコール依存、身体改造にクールに血道をあげる激ヤセ少女の姿に、そのようにしてしか現在をやりすごすことのできない、体の奥からせりあげる苛立(いらだ)ちが確実にあるのだろうな、と納得させられるのである。

とはいえ、ミステリー仕立てはご愛嬌の域にすぎない。最後の二十ページで話をまとめにかかったとたん、物語の仕掛けに頼る言葉の腰がくだけている。

神に関する言及が多いことも気になる。だが、これは批判ではない。むしろ、身体改造にこだわる原始部族が神との直接交流を願うような、アニミズムへの退行現象の表れかと興味をおぼえるのだ。

ともあれ、偽りの文学性にくもらされぬ才能の登場だ。今後に刮目したい。
蛇にピアス / 金原 ひとみ
蛇にピアス
  • 著者:金原 ひとみ
  • 出版社:集英社
  • 装丁:文庫(128ページ)
  • 発売日:2006-06-28
  • ISBN-10:4087460487
  • ISBN-13:978-4087460483
内容紹介:
「スプリットタンって知ってる?」そう言って、男は蛇のように二つに割れた舌を出した―。その男アマと同棲しながらサディストの彫り師シバとも関係をもつルイ。彼女は自らも舌にピアスを入れ、刺青を彫り、「身体改造」にはまっていく。痛みと快楽、暴力と死、激しい愛と絶望。今を生きる者たちの生の本質を鮮烈に描き、すばる文学賞と芥川賞を受賞した、金原ひとみの衝撃のデビュー作。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2004年2月1日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
中条 省平の書評/解説/選評
ページトップへ