書評
『蛇にピアス』(集英社)
ヒロイン像を力強く描く散文の潔さ
タイトルの「蛇」とは、スプリットタン(先端が裂けた舌)のこと。主にマッドな奴らがやる、彼等の言葉で言えば身体改造。舌にピアスをして、その穴をどんどん拡張していって、残った先端部分をデンタルフロスや釣り糸などで縛り、最後にそこをメスやカミソリで切り離し、スプリットタンを完成させる。
ヒロインのルイは、クラブで会った男・アマの二つに裂けた細い舌に魅せられ、アマを恋人にする。自分の舌の真ん中にもピアスを打ち込んでもらう。
私〔ルイ〕はこの意味のない身体改造とやらに、一体何を見出そうとしているんだろう。
その答えが明確に分かっていれば、おそらく舌を二つに裂くことに入れこんだりはしないだろう。ルイは答えを宙吊りにして、舌を裂くことに向かって冷然と進み、同時に、背中に麒麟と龍の刺青をも刻みこみはじめる。本当に痛そうだ。
その理路を欠いたふるまいがけっして不自然に見えないのは、作者の散文の力である。言葉を飾ったり、心理を正当化したりという近代小説の通弊をのがれて、ヒロインの行動と感情の揺れを、大ぶりに、だが、力強い線で彫りあげ、読者の目の前に差しだしてみせる。その散文の潔さは、昨今の芥川賞受賞作のなかでも出色といってよい。
そして、この十九歳でアルコール依存、身体改造にクールに血道をあげる激ヤセ少女の姿に、そのようにしてしか現在をやりすごすことのできない、体の奥からせりあげる苛立(いらだ)ちが確実にあるのだろうな、と納得させられるのである。
とはいえ、ミステリー仕立てはご愛嬌の域にすぎない。最後の二十ページで話をまとめにかかったとたん、物語の仕掛けに頼る言葉の腰がくだけている。
神に関する言及が多いことも気になる。だが、これは批判ではない。むしろ、身体改造にこだわる原始部族が神との直接交流を願うような、アニミズムへの退行現象の表れかと興味をおぼえるのだ。
ともあれ、偽りの文学性にくもらされぬ才能の登場だ。今後に刮目したい。
朝日新聞 2004年2月1日
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