後書き

『世界の移民歴史図鑑』(原書房)

  • 2023/05/23
世界の移民歴史図鑑 / フィリップ・パーカー
世界の移民歴史図鑑
  • 著者:フィリップ・パーカー
  • 翻訳:小林 朋則
  • 監修:本村 凌二
  • 出版社:原書房
  • 装丁:大型本(288ページ)
  • 発売日:2023-04-21
  • ISBN-10:4562072334
  • ISBN-13:978-4562072330
内容紹介:
先史時代にさかのぼり、人の移動がどのように歴史を形成してきたのか、写真や図版、移動ルートを示す地図を用いて解説する。
5万年以上前、人類の祖先がアフリカを出発してから、紛争、食料問題、帝国の拡大、迫害と追放、気候変動、民族離散、難民、交易など、さまざまな理由によって、人々は移動してきた。移動の様子は歴史の流れを形成している。本書『世界の移民歴史図鑑』では、6つの時代ごとに解説を付し、民族、文化、政治、宗教など様々な側面から、ヴィジュアルとともにたどっていく。

移動・移民は人類の歴史そのもの

動物はよりよい環境を求めて移動する。同じように人類も移動をくりかえしてきた。名高い古代末期のゲルマン民族の大移動などは最近の出来事であり、それよりずっと昔から移民はありふれたことであった。

高温と降雨に恵まれた熱帯雨林のジャングルは樹木の天国のような空間であり、多くの猿がここを生活の場にしていた。直立歩行するようになった一群は、まずサバンナの草原に移動した。そこには食用の実をつけた草が繁っており、牛や鹿などの草食動物が群れをなしていた。最初の人類は、草の実を採集し動物を捕獲しながら、生息していた。ここでも次々と採集と捕獲に適した土地に移動していた。

さらに火を利用することを覚えた人類は、寒さと野獣から身を守ることができるようになり、火を用いて調理することも覚え、食材が多様になり、食生活も安定した。それとともに人類の生活圏は拡がり、気候や地形に適応してそれぞれの生活様式が生まれた。このような自然環境に応じた生活様式を「文化」とよぶ。

しかしながら、今から1万年前ごろから地球の温暖化が始まり、人類は草地で麦を栽培することを覚えた。獲物を求めて動き回るよりも、定まった住居に定着して田畑で栽培にいそしむ方がよくなり、移動は少なくてすむようになったように思われる。

ところが、人間の集団が大きくなり、河川沿岸地の都市が生まれると、たんなる血縁部族ではなく、同じ言語や文化を共有する地縁民族が登場する。この段階で、人間は都市に住むようになり、「文明」とよばれる生活様式を営むようになる。そこでは、灌漑農業、金属器、車両が開発され、思想や宗教が生まれ、巨大な建造物も建てられている。

このようにして「文化」culture と「文明」civilizationとを対比すれば、人間集団の移動の色彩がかなり鮮明になってくる。というのは、「文明」は自然に対抗して出現したものであり、自然環境の差異をこえて伝播できるが、「文化」は自然環境と深くかかわっており、それぞれの地域に応じた独自な 生活風景が生まれるからである。

ここから、世界の文明史における多彩な移動・移民が生まれ、文明と文化の関りが密接に感じとられることになる。ユーラシア規模でふりかえれば、やはりインド・ヨーロッパ語系諸民族が歴史の舞台に登場したことは大きな出来事であった。これらの移動は、前3千年紀から地中海・西アジアおよび南アジアの諸地域ではっきりしており、それにともなってオリエントの地で、セム語系諸民族の移動も活発になってきた。エジプトを脱出したヘブライ人(イスラエル人)とユダヤ教の出現はこれらのユーラシア西部の変動の一つの帰結であった。

現代史を知るためには、長い時間と広い地域を深く見渡しながら、移動・移民の意味に視点を定め、世界史を多角的に考察することはことさら有効であろう。本書は多種多様な図版にあふれており、そのためのまことに恰好な教材である。

[書き手]本村凌二(歴史学者)
東京大学名誉教授。1947年、熊本県生まれ。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』でサントリー学芸賞。『教養としての「世界史」の読み方』、『興亡の世界史 地中海世界とローマ帝国』他著書多数。


世界の移民歴史図鑑 / フィリップ・パーカー
世界の移民歴史図鑑
  • 著者:フィリップ・パーカー
  • 翻訳:小林 朋則
  • 監修:本村 凌二
  • 出版社:原書房
  • 装丁:大型本(288ページ)
  • 発売日:2023-04-21
  • ISBN-10:4562072334
  • ISBN-13:978-4562072330
内容紹介:
先史時代にさかのぼり、人の移動がどのように歴史を形成してきたのか、写真や図版、移動ルートを示す地図を用いて解説する。

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