自著解説
『古代の食を再現する―みえてきた食事と生活習慣病』(吉川弘文館)
今に通じる食問題を提示
古代の食に関する文献史料は、「正倉院文書」や『延喜式』のほかに平城京跡などから出土する木簡があり、多くの食品名が記されている。しかし、どのように加工し保存し調理したかについては書かれておらず、実際どのような食品であるかは想像するしかない。そこで東京医療保健大学では、調理学・食品学や栄養学の先生にゼミの学生を加えて、さまざまな食品の再現実験に取り組んだ。さらに奈良文化財研究所や国立歴史民俗博物館の研究者にも協力してもらい、古代食の総合的な再現を行う研究チームを発足させた。古代食の再現では、例えばわれわれの食事は米食が中心であるが、実は5世紀から11世紀ごろまではもち米ではなくうるち米を甑(こしき)というもので蒸していた。実際に奈良時代の土器を復元したモデル土器で再現実験を行ったが、米の芯まで加熱されず固くてぼそぼその食感である。一方、平城宮の造酒司地区から赤米の木簡が出土していることは、赤米が醸造に適していることが古代でも分かっていたらしい。古代の人々は、現代にも通じる、合理的な食品の製造方法を知っていたのである。
そして文献史料に残る東大寺の写経生に支給された給食の食材から、当時のメニューを再現することに成功した。寺院での食事であるから魚や肉は支給されず、タンパク質は主に米と豆類から摂取していた。これを栄養学の先生に栄養状態を分析してもらったところ、炭水化物と塩分量が多いことが明らかになった。
大きなポイントは、古代における食と生活習慣病を明らかにしたことだ。「正倉院文書」にはこの写経生の病気による「休暇願」が残っているが、その症状を見ると眼病、足病、皮膚病、腹痛などの症状が多く見られる。通説では、これらの病気は写経という職業に関係する病気と考えられてきた。しかし今回、写経生たちが摂取していた、炭水化物の摂取量の多さと病気の症状から、糖尿病であった可能性も明らかになった。糖尿病をはじめとする生活習慣病は現代人特有の病気であると思われがちだが、実は古代から存在していた。米食を中心とする日本人にとり、不可避な病気かもしれない。本書は古代の食の再現をテーマとしたが、現代にも通じる食生活の問題も提示している。
本書は、奈良・平安時代の文献史料や考古学資料を用いて、古代の食を再現しようと試みた。古代の食材は税として貢納されるものであり、それをどのように調理したかを遺構や遺物からも検討した。さらにその食事と関係する生活習慣病などを分析し、総合シンポジウムで問題点を提示した。以前発表した、学生の卒業論文の論考も再録している。古代の食の再現と食文化に関心のある人に薦めたい。
[書き手] 三舟 隆之(みふね たかゆき・東京医療保健大学教授)
【初出媒体】「日本農業新聞」2021年8月15日
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