後書き
『こころを健康にする食事の科学』(原書房)
おいしい食べ物は体だけでなく心にも栄養を与えてくれる。何をどのように食べたら、日々のストレスをはねのけられ、メンタルが安定するのか。ワシントン・ポスト紙記者による書籍『こころを健康にする食事の科学』より訳者あとがきを公開します。
醗酵食品が身体的健康に役立つことは、今や常識と言っても差し支えないだろう。では、心や感情の健康についてはどうなのだろう。著者メアリー・ベス・オルブライトは、膨大な数の論文を読み解き、研究者の話を直接聞き、ときには自分の体も実験台にして、醗酵食品やホールフード、野菜など、腸のためになる食事を取ることが心にも良い影響を与えるし、感情の健康を保つには「食べること」ほど簡単かつ有効な方法はない、という結論に達した。
ついつい食べ過ぎてしまう、その結果太ってしまう(私のことだ)。それは自分の意志の弱さや理性の問題だと、これまで自分を責めてきた人はたくさんいるだろう(もちろん私もそのひとりだ)。体型だけの話ではない。気分が冴えないのも、後ろ向きになってしまうのも、自分の生まれつきの性格や考え方のせいだと半ばあきらめてきた人もいるはずだ。だが、それに食べるものが関与しているとしたら、どうだろう。ずいぶん救われる思いがするのではないだろうか。食事の内容やその取り方が腸や腸内微生物叢の働きに影響を及ぼし、脳の働きにも影響を及ぼす。誰もが毎日必ず行う「食べる」という行為が体の健康はもちろん、心の健康を改善し、現代社会において避けて通ることのできないストレスの影響を軽減できるなら、それは願ってもないことだ。
利便性を追求するあまり、超加工食品の摂取量が増えていることにも著者は警鐘を鳴らしている。これはアメリカに限ったことではない。今年3月に東京大学の研究グループが発表した調査結果によると、日本人は1日に摂る総エネルギー量の3~4割を超加工食品から摂取しているという(第6章に、アメリカ人は約6割を超加工食品から摂取しているとあるので、少しましかもしれないが、けっして低いとは言えない数字だ)。超加工食品が健康に及ぼす影響やそのメカニズムについてはまだわかっていないことが多いそうだが、糖分や脂肪分の過剰摂取につながることや、食事に占める超加工食品の割合が高まってビタミンやミネラルや食物繊維の摂取量が減ることが考えられるのだから、体への影響は推して知るべしだろう。それらの摂取量の減少が腸内微生物叢に悪影響を及ぼし、心の健康に悪い影響を及ぼすことも当然考えられる。
忙しいライフスタイルが当たり前になり、時短や簡便さを求めてそういった食品に走りたくなる気持ちもわかるのだが、そのために心身の健康が損なわれては元も子もない。もちろん、毎日きちんとした料理を作るのが難しいひともいる。だから完璧を求める必要はない。できることからひとつずつやっていけばいいのだと著者は言う。そして料理が苦手なひとでも、五感を研ぎ澄ますことで食事の支度がもっと楽しくなるとも。料理という行為は「愛情」と結びつけて語られることが多い。それは食べてくれる家族や友人への愛情を指すことがこれまでは多かったように思う。それはそれで結構なことだが、その愛情をもっと自分にも向けるべきだ。自分を大切にし、自分を愛するために、食に気を配る。それが心の健康への第一歩なのだと思う。
[書き手]大山晶(翻訳家)
人の体は食べたものからできている
本書に頻出する「プロバイオティクス」という言葉を初めて聞いたのは、20年ほど前のことだろうか。某乳酸菌飲料のコマーシャルだったように記憶している。それまで、ヨーグルトや乳酸菌飲料といえば「便通改善によい」、「なんとなく健康によい」、「長寿につながる」食品、というイメージだったが、その後研究が急速に進んだ結果、「腸活」や「腸内フローラ」という言葉を当たり前のように耳にするようになった。スーパーの商品構成にもそれはしっかり反映されていて、ヨーグルトや乳酸菌飲料の売り場を覗けば、「免疫力を高める」、「内臓脂肪を減らす」、「記憶力を維持する」など、さまざまな効能を謳ったじつに多様な商品が並んでいる。醗酵食品が身体的健康に役立つことは、今や常識と言っても差し支えないだろう。では、心や感情の健康についてはどうなのだろう。著者メアリー・ベス・オルブライトは、膨大な数の論文を読み解き、研究者の話を直接聞き、ときには自分の体も実験台にして、醗酵食品やホールフード、野菜など、腸のためになる食事を取ることが心にも良い影響を与えるし、感情の健康を保つには「食べること」ほど簡単かつ有効な方法はない、という結論に達した。
ついつい食べ過ぎてしまう、その結果太ってしまう(私のことだ)。それは自分の意志の弱さや理性の問題だと、これまで自分を責めてきた人はたくさんいるだろう(もちろん私もそのひとりだ)。体型だけの話ではない。気分が冴えないのも、後ろ向きになってしまうのも、自分の生まれつきの性格や考え方のせいだと半ばあきらめてきた人もいるはずだ。だが、それに食べるものが関与しているとしたら、どうだろう。ずいぶん救われる思いがするのではないだろうか。食事の内容やその取り方が腸や腸内微生物叢の働きに影響を及ぼし、脳の働きにも影響を及ぼす。誰もが毎日必ず行う「食べる」という行為が体の健康はもちろん、心の健康を改善し、現代社会において避けて通ることのできないストレスの影響を軽減できるなら、それは願ってもないことだ。
利便性を追求するあまり、超加工食品の摂取量が増えていることにも著者は警鐘を鳴らしている。これはアメリカに限ったことではない。今年3月に東京大学の研究グループが発表した調査結果によると、日本人は1日に摂る総エネルギー量の3~4割を超加工食品から摂取しているという(第6章に、アメリカ人は約6割を超加工食品から摂取しているとあるので、少しましかもしれないが、けっして低いとは言えない数字だ)。超加工食品が健康に及ぼす影響やそのメカニズムについてはまだわかっていないことが多いそうだが、糖分や脂肪分の過剰摂取につながることや、食事に占める超加工食品の割合が高まってビタミンやミネラルや食物繊維の摂取量が減ることが考えられるのだから、体への影響は推して知るべしだろう。それらの摂取量の減少が腸内微生物叢に悪影響を及ぼし、心の健康に悪い影響を及ぼすことも当然考えられる。
忙しいライフスタイルが当たり前になり、時短や簡便さを求めてそういった食品に走りたくなる気持ちもわかるのだが、そのために心身の健康が損なわれては元も子もない。もちろん、毎日きちんとした料理を作るのが難しいひともいる。だから完璧を求める必要はない。できることからひとつずつやっていけばいいのだと著者は言う。そして料理が苦手なひとでも、五感を研ぎ澄ますことで食事の支度がもっと楽しくなるとも。料理という行為は「愛情」と結びつけて語られることが多い。それは食べてくれる家族や友人への愛情を指すことがこれまでは多かったように思う。それはそれで結構なことだが、その愛情をもっと自分にも向けるべきだ。自分を大切にし、自分を愛するために、食に気を配る。それが心の健康への第一歩なのだと思う。
[書き手]大山晶(翻訳家)