書評

『ふぉん・しいほるとの娘』(新潮社)

  • 2023/07/31
ふぉん・しいほるとの娘 / 吉村 昭
ふぉん・しいほるとの娘
  • 著者:吉村 昭
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(704ページ)
  • 発売日:1993-03-30
  • ISBN-10:4101117314
  • ISBN-13:978-4101117317
内容紹介:
幕末の長崎で最新の西洋医学を教えて、神のごとく敬われたシーボルト。しかし彼は軍医として、鎖国のベールに閉ざされた日本の国情を探ることをオランダ政府から命じられていた。シーボルトは… もっと読む
幕末の長崎で最新の西洋医学を教えて、神のごとく敬われたシーボルト。しかし彼は軍医として、鎖国のベールに閉ざされた日本の国情を探ることをオランダ政府から命じられていた。シーボルトは丸山遊廓の遊女・其扇を見初め、二人の間にお稲が生まれるが、その直後、日本地図の国外持ち出しなどの策謀が幕府の知るところとなり、厳しい詮議の末、シーボルトは追放されお稲は残される。吉川英治文学賞受賞作。
吉村昭の長編歴史小説は、これまでに「冬の鷹」「北天の星」「漂流」などがあるが、この「ふぉん・しいほるとの娘」は、シーボルトの娘お稲の生涯を中心に、歴史の動きを幅ひろくもりこみ、時代の群像を描き出した労作である。

この作品の取材にあたって、吉村昭は長崎や宇和島を数回訪れ、図書館、古本屋、郷土史家などをたずねまわり、大型の本棚二つがいっぱいになるほどの参考文献をあつめたというが、その丹念な努力を反映して、文政六年七月にフォン・シーボルトが来日して以後、明治三十六年八月の楠本伊篤(お稲の後の名)の死去にいたる八十年間のさまざまなできごとや、彼女の波瀾に富んだ人生、さらにその周辺の人々の動きなどが綿密にうつされ、重厚な歴史ドラマを形成している。

シーボルトはドイツの格式ある医家の出身で、日本にたいするつよい関心からオランダの陸軍外科少佐として来日し、西洋医学の普及にあたり、多くの日本人から師として慕われたが、オランダ政府の命令で日本の国情を研究する任務をも帯びており、高橋作左衛門を通じて日本の地図を入手するという国禁を犯したために、強制送還される。

丸山の遊女其扇はシーボルトに愛され、お稲を生んだが、この事件によって生後二年半のお稲とともにシーボルトと別れ、本名のお滝にもどって、やがて俵屋時治郎に嫁し、お稲も時治郎を新しい父として成長した。しかしシーボルトの血をひく彼女は、つよく学問を好んだので、十四歳のときに伊予の卯之町で医者をしている父の弟子二宮敬作のもとに預けられた。

敬作はお稲に産科医となることをすすめ、彼女は女性として前人未踏の学問の分野へ歩み出すことになる。だがその後、さらに専門的な知識を得るために、岡山の石井宗謙のもとで学んでいるとき、宗謙に手ごめにされ、娘を生んだことは、一時は学問への情熱さえ失わせるほどの衝撃だった。しかし二宮敬作にはげまされ、ふたたび卯之町へ行って産科医としての腕をみがくのだ。やがて彼女は禁令がとけて来日した父と長崎で再会、以後、長崎と宇和島を往復し、維新後は東京へ出て女医としての評判を得るが、晩年は故郷へもどってしずかな余生を送る。

その間、時代の激動は彼女の周辺にもさまざまな波紋を描くが、多くの苦難を経て新しい女性の道を歩みながらも、彼女は日本の女としての意識をもちつづけた。

このドラマティックな素材を、作者は感情をおさえた筆致でたどっているが、それは歴史そのものがドラマであり、あくまでも史実をふまえて書きたいという意図によるものであろう。これまでの他の作品にみられるノン・フィクションの手法を生かしているわけだが、そのためお稲やシーボルトの像が、かえって明確に刻みこまれているのだ。

【下巻】
ふぉん・しいほるとの娘 / 吉村 昭,
ふぉん・しいほるとの娘
  • 著者:吉村 昭,
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(752ページ)
  • 発売日:1993-03-30
  • ISBN-10:4101117322
  • ISBN-13:978-4101117324
内容紹介:
日本に残されたお稲は偉大な父・シーボルトを慕って同じ医学の道を志す。女の身で医者になることなど想像すらできなかった時代に、父の門下生を各地に訪ね産科医としての実力を身につけていくが、教えをうけていた石井宗謙におかされ、女児を身ごもってしまう…。激動の時代を背景に、数奇な運命のもとに生まれた女の起伏に富んだ生涯を雄渾の筆に描く吉川英治文学賞受賞の大作。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ふぉん・しいほるとの娘 / 吉村 昭
ふぉん・しいほるとの娘
  • 著者:吉村 昭
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(704ページ)
  • 発売日:1993-03-30
  • ISBN-10:4101117314
  • ISBN-13:978-4101117317
内容紹介:
幕末の長崎で最新の西洋医学を教えて、神のごとく敬われたシーボルト。しかし彼は軍医として、鎖国のベールに閉ざされた日本の国情を探ることをオランダ政府から命じられていた。シーボルトは… もっと読む
幕末の長崎で最新の西洋医学を教えて、神のごとく敬われたシーボルト。しかし彼は軍医として、鎖国のベールに閉ざされた日本の国情を探ることをオランダ政府から命じられていた。シーボルトは丸山遊廓の遊女・其扇を見初め、二人の間にお稲が生まれるが、その直後、日本地図の国外持ち出しなどの策謀が幕府の知るところとなり、厳しい詮議の末、シーボルトは追放されお稲は残される。吉川英治文学賞受賞作。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1978年4月28日

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