自著解説

『日本古代の国造と地域支配』(八木書店)

  • 2023/08/29
日本古代の国造と地域支配 / 鈴木 正信
日本古代の国造と地域支配
  • 著者:鈴木 正信
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(376ページ)
  • 発売日:2023-08-17
  • ISBN-10:4840622655
  • ISBN-13:978-4840622653
内容紹介:
古墳時代から飛鳥時代にかけて地域を支配した国造をてがかりに、ヤマト王権の成立を解明する
大和王権が施行した地方支配制度の国造制は、国家と社会、中央と地方を結び付ける重要な役割を果たした。この国造制をとおして、古代国家の成立過程や権力構造を考える。

国造制とは

6世紀から7世紀にかけて、大和王権が施行した地方支配制度の中で、とくに重要な位置を占めるのは国造制(こくぞうせい/くにのみやつこせい)である。王権は支配下に入った各地域の有力氏族を国造という地方官に任命し、その支配権を保障する代わりに、労働力・軍事力・物資などを提供させた。国造制は国家と社会、中央と地方を結び付ける重要な役割を果たした制度であり、古代国家の成立過程や権力構造を考える上で不可欠な研究テーマである。

このたび刊行した『日本古代の国造と地域支配』では、こうした国造制に焦点を当て、筆者がこれまで発表した合計12本の論文をまとめたものである。いずれの章も重要な論点を含むが、本コラムではとくに二つの章を取り上げ、筆者が現在取り組んでいる課題と絡めて紹介したい。


国造のクニと境部

第1部第2章「境部氏と境界画定」では、国造制のクニ(管掌範囲)について検討した。国造制の成立を示す指標として、国造の任命に加えて、国造のクニの境界画定を重視する議論がある。なお、クニの境界とは、現代の我々がイメージするような地図上に一線をもって画するものではなく、交通路上の必要箇所に境界点を設定して区画するゆるやかなものであった。

クニの境界画定に関わる職務は、蘇我氏の同族である境部(さかいべ)氏と、その配下に編成された境部が担当したと見られてきた。本章では、蘇我氏が台頭した六世紀後半に境部が設置されたこと、それを統括する伴造(ばんぞう/とものみやつこ)氏族として蘇我氏から境部氏(蘇我境部臣)が分出され、馬子の弟の摩理勢(まりせ)がその氏上に就任したこと、東日本を対象とした崇峻2年(589)の境界画定事業は蘇我氏が主導したものであり、この事業が境部を設置する直接的な契機になったことを論じた。

武蔵国造と四処の屯倉

第1部第4章「武蔵国造の乱と横渟屯倉」では、武蔵国造のクニに設置された横渟屯倉(よこぬのみやけ)について検討した。『日本書紀』安閑元年(534)閏12月是月条には、武蔵国造の職をめぐって笠原直使主(かさはらのあたいおみ)と同族小杵(おき)が争ったが、朝廷の介入によって小杵は誅殺され、使主が武蔵国造に任命された。この時、使主は喜びのあまり、横渟・橘花(たちばな)・多氷(たひ)・倉樔(くらす)の四処の屯倉を献上した、とある。このうち橘花屯倉は橘樹(たちばな)郡に、倉樔屯倉は久良(くらき)郡に、多氷屯倉は多磨(たま)郡にそれぞれ比定されている。

それに対して横渟屯倉は、複数の説が出されていたが、「渟」と「沼」は通用されたこと、古代の横見(よこみ)郡(現在の吉見町一帯)は洪水の常襲地帯で池沼が多く形成されていたこと、この地域には「横渟(よこぬ)」に通じる「横沼(よこぬま)」という地名が残ることなどから、「横渟」とは横見郡の景観に由来しており、横渟屯倉は横見郡に比定すべきであるとした。また、横渟屯倉が置かれた地は、旧入間川水系に属する多くの河川の合流地点であり、かつ陸上交通路の分岐点でもあることから、横渟屯倉は交通・流通の拠点であったと位置づけた。

列島東西におけるクニの成立

さて今日では、国造制は西日本に6世紀中葉(あるいは前半)に施行され、東日本には遅れて6世紀後半に施行されたとするのが一般的である。西日本においては、継体22年(528)に磐井(いわい)の乱が鎮圧されたことを受けて「疆場(さかい)」が定められ、つづいて北部九州にくまなく屯倉が設置された。国造の任命、クニの境界画定、屯倉の設置が、一連のものとして実施されたことがうかがえる。一方、東日本では、安閑朝の争乱後、武蔵国造のクニの境界を画定したという記述はない。これは磐井の乱の記述と対照的である。武蔵国造の乱の史実性や年代を疑う向きもあるが、この時期の屯倉設置は対外的な緊張関係を背景に実際に行われたものと見て差し支えない。

このことから、筆者は西日本と東日本で国造のクニのあり方に違いがあったのではないかと推測している。すなわち、東日本にも西日本と同じく6世紀前半に国造制が施行されたが、東日本では当初、西日本のように国造のクニの境界を定めることは広く行われず、かわりに屯倉によって掌握される交通・流通の体系が、国造のクニを実質的に規定していたのではないか。

武蔵国造の場合は、横渟屯倉は旧入間川水系、橘花屯倉は鶴見川・矢上川水系(あるいは多摩川下流域)、倉樔屯倉は帷子川・大岡川水系、多氷屯倉は多摩川水系(中流域)にそれぞれ対応していたことが想定され、これらの屯倉によって把握される水系が、武蔵国造のクニをゆるやかに規定していたのであろう。そして、約半世紀を経た崇峻2年に東日本においても境界画定事業が進められ、ようやく西日本と同じ方法で国造のクニの境界画定が行われた。この時に境界画定の実務を担ったのが、前述した境部であったと理解される。

地方支配制度の総体的把握を目指して

このように、国造制についてはまだ議論の余地が多く残されている。また、同時期の地方支配制度としては、ほかにも部民制・屯倉制などがあり、これらの関係を整理して王権による列島支配の全体像を描き出す試みが続けられているが、現在のところ定見が得られているとは言いがたい。筆者は今後も継続して、この課題に取り組んでいきたいと考えている。本書『日本古代の国造と地域支配』の概要(目次・はじめに)については、ウェブサイトで公開されているので、参照していただきたい。


[書き手]
鈴木 正信(すずき まさのぶ)
1977年、東京都生まれ。早稲田大学大学院文学究科博士後期課程単位取得退学。博士(文学)(早稲田大学)。現在、成城大学文芸学部准教授。

[主な著作]
『日本古代の国造と地域支配』(八木書店、2023年)
『日本古代氏族系譜の基礎的研究』(東京堂出版、2012年)
『国造制の研究』(共編著、八木書店、2013年)
『大神氏の研究』(雄山閣、2014年)
『日本古代の氏族と系譜伝承』(吉川弘文館、2017年)
『国造制・部民制の研究』(共編著、八木書店、2017年)
『古代氏族の系図を読み解く』(吉川弘文館、2022年)
『古代豪族 大神氏』(筑摩書房、2023年)
日本古代の国造と地域支配 / 鈴木 正信
日本古代の国造と地域支配
  • 著者:鈴木 正信
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(376ページ)
  • 発売日:2023-08-17
  • ISBN-10:4840622655
  • ISBN-13:978-4840622653
内容紹介:
古墳時代から飛鳥時代にかけて地域を支配した国造をてがかりに、ヤマト王権の成立を解明する

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ALL REVIEWS 2023年8月29日

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