古今東西の歴史に精通する博覧強記の歴史家による読書案内。国際関係史と中東・イスラーム地域研究を専門としながら、近著に『将軍の世紀』上下(文藝春秋)を出したことからも、見識の深さが感じられる。
通称「アラビアのロレンス」による『知恵の七柱』は、毛沢東も北ベトナム軍も南ベトナム解放民族戦線も、そこから苛酷なゲリラ戦の様相を学んでいたのに、イラク戦争時のアメリカ軍は、まったく見向きもせず、単独覇権の失敗後に気がついたという。なんという指導者たちの無知と傲慢かと非難されるだろう。
著者が青春の日にいちばん感動したのが吉田松陰の『留魂録』だという。行年(ぎょうねん)三十にして刑死直前の松陰は「今日死を決するの安心は……」と自らに言い聞かせる。その辞世の句は「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留置(とどめお)かまし大和魂」と物悲しい。
サマセット・モーム『アシェンデン』は、作家自身が第一次世界大戦中に英国陸軍諜報部の部員として活躍した体験をもとに、連作読切形式の短編集を仕上げる。鋭い人間観察と政治・社会の情景点描が結びつき、歴史の本質にかかわる面白さがあるという。