書評

『元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世』(中央公論社)

  • 2023/10/11
元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世 / 神坂 次郎
元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世
  • 著者:神坂 次郎
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:新書(208ページ)
  • 発売日:1984-09-20
  • ISBN-10:4121007409
  • ISBN-13:978-4121007407
内容紹介:
禄に生きた酒好き女好きのサラリーマン武士が無類の好奇心で書きのこした稀有の日記をもとに当時の世相を生きいきと再現する。(本新書「帯」より)朝日文左衛門、芝居を好み、詩文に傾倒し、… もっと読む
禄に生きた酒好き女好きのサラリーマン武士が無類の好奇心で書きのこした稀有の日記をもとに当時の世相を生きいきと再現する。(本新書「帯」より)
朝日文左衛門、芝居を好み、詩文に傾倒し、博奕と酒色に耽溺し、ヒステリックな二人の妻に悩まされ、武芸十八般にあこがれ片っ端から入門するがどれもモノにならず、気力体力ともになく終生ヒョボクレ。 尾張方言でいうその気の弱い”兵法暗れ”文左衛門が、暮夜ひそかに天神机を引き寄せ筆を走らせつづけて二十六年八ヶ月、三十七冊、およそ二百万字。 稀有としかいいようのないこの膨大な日記「鸚鵡籠中記」を通して、文左衛門の生涯を追いながら、元禄の名古屋城下に生きた下級武士や庶民男女の表情を、体臭を、哀歓を泛びあがらせたいとまとめたのが、本書である。(本新書「あとがき」より)
筆マメにまかせて、下級藩士の婚礼の食卓メニュー、公用出張で味わった京大阪の料亭の美味、名古屋城下街々のファーストフードに至るまで、元禄の食についても書き散らしているので、食書としても貴重で楽しめます。

元禄時代にもいた記録マニア

元禄の時代にも記録マニアはいた。尾張藩の家中で、朝日文左衛門重章(しげあき)という御畳奉行で、知行百石、役料四十俵を支給されていた人物である。御畳奉行というのは、その頃から一般化する畳の需要に応じて新設された役職で、畳の新造、取り替えなどを管理する、いわば用度課長といったポストだ。

文左衛門は、特別な逸材などではなく、ごくありふれた下級武士で、酒と博奕が好きで女を愛し、芝居に熱中し、いろいろと武芸の修業に取り組んでみるが、三日坊主で長つづきせず、時には武士の魂である脇差の刀身をすり盗られるなど、尾張方言でいう「ひょぼくれ」に過ぎなかった。

その何の取り得もない武士に一つだけ特技があった。飽きることなく、見、聞きした事柄を詳細に日記に書きつづったことである。彼は当時の世相から身辺の諸雑事、自然現象から巷説、風聞にいたるありとあらゆる事柄を克明に書きとめたのだ。その「鸚鵡鵡籠中記(おうむろうちゅうき)」と題した日記は、元禄四(一六九一)年六月十三日に筆を起こし、死の前年にあたる享保二(一七一七)年十二月二十九日までの二十六年八カ月、通算八八六三日におよんでいる。文左衛門十八歳から四十五歳までの春秋をふくんでいるのだ。

この日記は尾張藩下級士族の日常を知る上で欠かすことのできない記録だが、同時に世相、風俗、人情などの機微を知る上で貴重なデータであり、当時の人々の生きた素顔をうかがうことができる。元和堰武(げんなえんぶ)から六十余年を経てサムライたちは、サラリーマン化し、太平の安逸をむさぼっている。それだけに何かといえば酒となり、奇妙な刃傷事件や姦通騒ぎも相次ぎ、心中の流行なども後をたたない。文左衛門はそれらの見聞だけでなく自分自身の醜態をもかくし立てすることなく語っており、時には生類あわれみの令などの出る世情をとらえて幕政批判にも及んでいる。

神坂次郎はこの文左衛門の日記に取り憑かれて二十年、詳細なメモを取りながらその記録を読み、この著作をまとめたというが、実際に小説のネタになるような幾多の素材をふくむ興味ぶかい記録である。
元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世 / 神坂 次郎
元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世
  • 著者:神坂 次郎
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:新書(208ページ)
  • 発売日:1984-09-20
  • ISBN-10:4121007409
  • ISBN-13:978-4121007407
内容紹介:
禄に生きた酒好き女好きのサラリーマン武士が無類の好奇心で書きのこした稀有の日記をもとに当時の世相を生きいきと再現する。(本新書「帯」より)朝日文左衛門、芝居を好み、詩文に傾倒し、… もっと読む
禄に生きた酒好き女好きのサラリーマン武士が無類の好奇心で書きのこした稀有の日記をもとに当時の世相を生きいきと再現する。(本新書「帯」より)
朝日文左衛門、芝居を好み、詩文に傾倒し、博奕と酒色に耽溺し、ヒステリックな二人の妻に悩まされ、武芸十八般にあこがれ片っ端から入門するがどれもモノにならず、気力体力ともになく終生ヒョボクレ。 尾張方言でいうその気の弱い”兵法暗れ”文左衛門が、暮夜ひそかに天神机を引き寄せ筆を走らせつづけて二十六年八ヶ月、三十七冊、およそ二百万字。 稀有としかいいようのないこの膨大な日記「鸚鵡籠中記」を通して、文左衛門の生涯を追いながら、元禄の名古屋城下に生きた下級武士や庶民男女の表情を、体臭を、哀歓を泛びあがらせたいとまとめたのが、本書である。(本新書「あとがき」より)
筆マメにまかせて、下級藩士の婚礼の食卓メニュー、公用出張で味わった京大阪の料亭の美味、名古屋城下街々のファーストフードに至るまで、元禄の食についても書き散らしているので、食書としても貴重で楽しめます。

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初出メディア

週刊朝日

週刊朝日 1984年11月23日

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