後書き

『リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話:コロナ禍に向かうアメリカ、医療の自由の最果ての旅』(原書房)

  • 2023/10/16
リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話:コロナ禍に向かうアメリカ、医療の自由の最果ての旅 / マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング
リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話:コロナ禍に向かうアメリカ、医療の自由の最果ての旅
  • 著者:マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(388ページ)
  • 発売日:2023-08-17
  • ISBN-10:456207339X
  • ISBN-13:978-4562073399
全米リバタリアン党は「医療の国家からの完全分離」を主張。「医療の自由」を掛け声にリバタリアンとトンデモ民間医療と反ワクチン活動家が集結し、コロナ禍に向かった先は……健康や安全は個人の問題なのか? 日本にとってもシミュレーションとなるかもしれない、笑ってばかりはいられない話に迫った書籍『リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話』より、訳者あとがきを公開します。

全米騒然のノンフィクション!

本書はジャーナリスト、マシュー・ホンゴルツ・ヘトリングによる2冊目の著書です。前著 A Libertarian Walks into a Bear(原書房『リバタリアンが社会実験してみた町の話――自由至上主義者のユートピアは実現できたのか』)は、最大限の自由と最小限の政府を求める自由至上主義者であるリバタリアンがアメリカの小さな町に〝フリータウン〟を作ろうとした顛末を描いています。結果的に計画は頓挫するのですが、アメリカにはこうした極端な考え方を持つ人が(少数派ではあるものの)一定数存在することを思い知らされました。

それに続く本書は、〝自由〟の中でも〝医療の自由〟を求める人々を取り上げています。具体的には、既存の伝統的な医療とは異なる代替医療に携わる人々です。

もちろん、代替医療がすべてインチキというわけではありません。医学的に効果が証明されている治療法もたくさんあります。けれど、系統だった医学教育を受け、国家試験に通って免許を取った正式な医師だけが行える標準治療とは違い、代替医療を行うのに厳格な資格要件はありません。門戸は誰にでも開かれています。そのため、充分に効果が証明されていないにもかかわらず「〇〇に効く!」「〇〇が治る!」「これさえあれば(あるいは、これをするだけで)健康になれる!」と声高に喧伝する、怪しげな〝トンデモ医療〟が存在する――これはアメリカに限ったことでなく、日本でもこうしたうさんくさい宣伝文句を目にすることは珍しくありません。とりわけここ数年、製薬会社が必死で新たな薬やワクチンの開発を進めている中、根拠もなく「コロナに効く」「ウィルスを除去する」と謳う製品が現れて消費者を惑わせたのは記憶に新しいところです。

さて、本書に登場するのは、自分が開発・発明・発見した薬や治療法があらゆる傷病に効く万能薬、〝唯一真実の治療法〟であると主張する面々です。レーザー、ハーブのサプリメント、アルカリ食事療法、ヒル、さらには祈り、漂白剤まで。現代の医学では、個々の傷病に個々の原因があってそれぞれに効く薬や治療法があるというのが常識ですが、それに真っ向から反する考え方と言えるでしょう。

おそらく彼らの動機は、最初は苦しむ人を助けたいという純粋なものだったに違いありません。しかし、医療の自由という大義や、政府はワクチンを利用して国民を操ろうとしているといった陰謀論と結びついた結果、彼らはどんどん過激化していきます。筆者はそうした彼らの変化を、近年のアメリカでの(日本でもですが)ゾンビ人気と絡めて、皮肉とユーモアたっぷりに論じます。読者は、医療とゾンビという予想外のものが組み合わさったワンダーランドに足を踏み入れることになるでしょう。

本書の原題は If It Sounds Like a Quack で、本文中にもquackやquackeryという語が登場します。quackには「アヒルがガーガー鳴く声」と、「ニセ医者、インチキ医療、いかさま」の2つの意味があります。本書では後者の意味で、日本語では「トンデモ医者」や「トンデモ医療」と表現しましたが、医療の自由を求める人々の叫び声をアヒルのガーガー声になぞらえているのかもしれません。前著(原題の直訳は「リバタリアン、クマに出会う」)はクマがダブルミーニングで使われており、今回はアヒルというわけです。

本書は根拠のない薬や治療法を売り込む〝トンデモ医療〟に否定的なスタンスを取っていますが、かといって標準治療を賛美しているわけでもありません。現代の医療や医学界の欠陥を指摘し、トンデモ医療がこれほどまでに繁栄した原因は人々が医師への信頼を失ったことにあると指摘しています。

日本とアメリカでは制度や歴史が異なりますし、日本では本書で書かれているほど医師が信頼を失っているとは思えません。それでも、地方の医師不足や大病院の非人間的な対応など、共通する問題点は存在します。新型コロナウィルスであれ別のウィルスであれ、いつまたパンデミックが襲ってくるかわからない今、医学界が一刻も早く欠陥を是正して、誰もがいつでも安心して医師の診察を受けられるようになることを願ってやみません。

[書き手]上京恵(英米文学翻訳家)
リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話:コロナ禍に向かうアメリカ、医療の自由の最果ての旅 / マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング
リバタリアンとトンデモ医療が反ワクチンで手を結ぶ話:コロナ禍に向かうアメリカ、医療の自由の最果ての旅
  • 著者:マシュー・ホンゴルツ・ヘトリング
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(388ページ)
  • 発売日:2023-08-17
  • ISBN-10:456207339X
  • ISBN-13:978-4562073399

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