日本人画家の抽象画が内外のオークションでブームを呼び、1950~60年代の作品は億の桁で売買されている。だがブームは作品そのものには深い関心を持たない投機家が引き起こす。芸術は市場の存在も定かでない時期にこそ息づいている。
「自由が丘画廊」は定評あった銀座の南画廊や東京画廊と離れた東横線に、68年から約30年実在した。もの派や「具体」の画家や評論家、画商やコレクターが連日どこからともなく集まり、真価を論じ情報を盗むという、抽象画の市場形成にともなう熱を帯びた交流を繰り広げた。
その場を支えたのがオーナーの「実川暢宏」だ。本書は、現在は都心に隠棲する実川からの丹念な聞き取りを軸に、戦後現代美術の青春時代をリアルに再現する。実川は無名時代の李禹煥や駒井哲郎とも私生活込みで付き合い、公設美術館に先駆けド・スタールやフランク・ステラの企画展を開催したという。ドラマ仕立てで観たくなる名場面が続く。
「実川」や「山口長男」の読み方が明かされない本書もまた、一幅の抽象画だろう。