書評

『地中海と人間―原始・古代から現代まで I 〔原始・古代から14世紀〕』(藤原書店)

  • 2024/07/16
地中海と人間―原始・古代から現代まで I 〔原始・古代から14世紀〕 / デイヴィド・アブラフィア
地中海と人間―原始・古代から現代まで I 〔原始・古代から14世紀〕
  • 著者:デイヴィド・アブラフィア
  • 翻訳:高山 博,佐藤 昇,藤崎 衛,田瀬 望
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(536ページ)
  • 発売日:2021-11-29
  • ISBN-10:4865783296
  • ISBN-13:978-4865783292
内容紹介:
ブローデル『地中海』以後の「地中海史」を塗り替えた最重要書、ついに完訳有史以前から現代に至る2万5000年にわたって、交易、戦争、文化・宗教的交流など人間の関係の網の目をたどり、海を… もっと読む
ブローデル『地中海』以後の「地中海史」を塗り替えた最重要書、ついに完訳
有史以前から現代に至る2万5000年にわたって、交易、戦争、文化・宗教的交流など人間の関係の網の目をたどり、海をまたいだ「人間の歴史」として地中海史を描き直す。政治史・事件史、「環境」史を経て到達した「地中海史」の決定版!
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【目次】
 転写と暦のシステム
 はじめに
 序章 多くの名をもつ海

第I部 第一の地中海 前2万2000-前1000年
 第1章 孤立と断絶 前2万2000-前3000年
 第2章 銅と青銅 前3000-前1500年
 第3章 商人と英雄 前1500-前1250年
 第4章 海の民と陸の民 前1250-前1100年

第II部 第二の地中海 前1000-後600年
 第1章 紫の交易者たち 前1000-前700年
 第2章 オデュッセウスの末裔たち 前800-前550年
 第3章 テュルセノイの勝利 前800-前400年
 第4章 黄昏の娘たちの園へ 前1000-前400年
 第5章 海上覇権国家 前550-前400年
 第6章 地中海の灯台 前350-前100年
 第7章  「カルタゴは滅ぼされねばならない」  前400-前146年
 第8章  「我らが海」  前146-後150年
 第9章 古い信仰、新たな信仰 紀元元年-450年
 第10章 瓦解 400-600年

第III部 第三の地中海 600-1350年
 第1章 地中海のトラフ 600-900年
 第2章 キリスト教とイスラム教の境界を越えて 900-1050年
 第3章 偉大なる海の変容 1000-1100年
 第4章  「神が与え給うであろう利益」  1100-1200年
 第5章 海を渡る道 1160-85年
 第6章 諸帝国の衰退と興隆 1130-1260年
 第7章 商人、傭兵、宣教師 1220-1300年
 第8章 セッラータ(閉鎖)  1291-1350年

多様性と覇権育んだ「我らが海」

日本は海に囲まれた島国であるが、地中海は陸に囲まれた内海である。大きな海洋であるから、活用するには技術がいる。近代は大航海時代から始まると言われるが、古代のローマ帝国では地中海は「我らが海」と呼ばれ、近代に先立って海を活用していたのだ。

海上には波も海流もある。それらを利用しながら、人間は地中海を横断したり、海港都市や島々で暮らしたりしてきた。その経験をめぐって、単一性よりも多様性に注目したのが本書である。

戦後の歴史学に大きな影響をおよぼしたF・ブローデル『地中海』は、16世紀の地中海世界を中心として「地中海的アイデンティティ」を探求する知の旅のごとく、地中海文明の同時代性を示そうとした。変化は緩慢であり、人間は自分自身の運命にほとんど関与できないという仮定があった。

だが、D・アブラフィアは、地中海の制海権をめぐる政治と戦争は、出来事(事件史)として重要であったことに注目する。たとえば、新鮮な食糧や水は渡航には不可欠であり、商船なら多少の余裕があっても軍用ガレー船ではかさばり過ぎていた。そこで、補給や修理のための友好的な海岸、港、島が求められており、それらの支配権をめぐる闘争はことさら重要であり、本書は「時の流れによる変化」を強調して、地中海の通史を提供する試みであるのだ。

まずはアルファベットを開発し、造船・航海術に有能なフェニキア人の姿はきわだっていた。紫の染料を売り物にして交易する商人たちはギリシアやイタリアにも大きな変革をもたらした。フェニキア人は沖合の島々に居留地を築き、交易のネットワークを拡げた。

ギリシア人もまた、母国から遠く離れた土地でも、都市を基盤に活気あふれる社会を築くようになる。エーゲ海のギリシア人がイタリア半島に面する海域に進出したことは、古代の決定的な一歩であり、西洋文明にとってこよなく重要な瞬間であったという。イタリア中部にエトルリア人の都市群も建設されたが、そもそもエトルリアは海賊だったともいう。それほど出所不明な人々が混ざり合っており、そこにも海を介した文化の多様性が示唆されるのだ。

北アフリカにはフェニキア人の末裔であるカルタゴ人の勢力があり、やがてイタリア半島に興隆したローマ人と対立した。このなかで、ローマ人は大量の兵士を海路移動させる方策を編み出したことは重要であった。

地中海には絶え間なく海賊が横行していたが、この海賊掃討作戦に成功したのがローマ人であり、そこに「我らが海」を囲む地中海帝国が実現した。それ以来、海を安全に保つことは覇権国家の重要な役割だった。たとえば、コルフ島はアドリア海への侵入を統制しようとすれば、渇望される位置にあった。中世のジェノヴァ、ヴェネツィア、バルセロナであろうと、なによりも穀物はこの海を渡ってくるのだから、そのアクセスを閉ざされてはならないのだ。

トルコ人にとっては「白き海」、ユダヤ人にとっては「偉大なる海」であり、近代には「友好的な海」あるいは「信心深き海」であるという。そこには、十字軍の例に見られるような人間の決定が大きな影を落としており、まるで大陸のごとく正確な縁をもつ地中海は動態として理解すべきなのだ。

【下巻】
地中海と人間―原始・古代から現代まで II 〔14世紀から現代〕 ) / デイヴィド・アブラフィア
地中海と人間―原始・古代から現代まで II 〔14世紀から現代〕 )
  • 著者:デイヴィド・アブラフィア
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2021-11-29
  • ISBN-10:486578330X
  • ISBN-13:978-4865783308
内容紹介:
14世紀から現代

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地中海と人間―原始・古代から現代まで I 〔原始・古代から14世紀〕 / デイヴィド・アブラフィア
地中海と人間―原始・古代から現代まで I 〔原始・古代から14世紀〕
  • 著者:デイヴィド・アブラフィア
  • 翻訳:高山 博,佐藤 昇,藤崎 衛,田瀬 望
  • 出版社:藤原書店
  • 装丁:単行本(536ページ)
  • 発売日:2021-11-29
  • ISBN-10:4865783296
  • ISBN-13:978-4865783292
内容紹介:
ブローデル『地中海』以後の「地中海史」を塗り替えた最重要書、ついに完訳有史以前から現代に至る2万5000年にわたって、交易、戦争、文化・宗教的交流など人間の関係の網の目をたどり、海を… もっと読む
ブローデル『地中海』以後の「地中海史」を塗り替えた最重要書、ついに完訳
有史以前から現代に至る2万5000年にわたって、交易、戦争、文化・宗教的交流など人間の関係の網の目をたどり、海をまたいだ「人間の歴史」として地中海史を描き直す。政治史・事件史、「環境」史を経て到達した「地中海史」の決定版!
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【目次】
 転写と暦のシステム
 はじめに
 序章 多くの名をもつ海

第I部 第一の地中海 前2万2000-前1000年
 第1章 孤立と断絶 前2万2000-前3000年
 第2章 銅と青銅 前3000-前1500年
 第3章 商人と英雄 前1500-前1250年
 第4章 海の民と陸の民 前1250-前1100年

第II部 第二の地中海 前1000-後600年
 第1章 紫の交易者たち 前1000-前700年
 第2章 オデュッセウスの末裔たち 前800-前550年
 第3章 テュルセノイの勝利 前800-前400年
 第4章 黄昏の娘たちの園へ 前1000-前400年
 第5章 海上覇権国家 前550-前400年
 第6章 地中海の灯台 前350-前100年
 第7章  「カルタゴは滅ぼされねばならない」  前400-前146年
 第8章  「我らが海」  前146-後150年
 第9章 古い信仰、新たな信仰 紀元元年-450年
 第10章 瓦解 400-600年

第III部 第三の地中海 600-1350年
 第1章 地中海のトラフ 600-900年
 第2章 キリスト教とイスラム教の境界を越えて 900-1050年
 第3章 偉大なる海の変容 1000-1100年
 第4章  「神が与え給うであろう利益」  1100-1200年
 第5章 海を渡る道 1160-85年
 第6章 諸帝国の衰退と興隆 1130-1260年
 第7章 商人、傭兵、宣教師 1220-1300年
 第8章 セッラータ(閉鎖)  1291-1350年

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年1月29日

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