書評

『悼むひと: 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー』(生きのびるブックス)

  • 2024/08/05
悼むひと: 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー / 遠藤 美幸
悼むひと: 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー
  • 著者:遠藤 美幸
  • 出版社:生きのびるブックス
  • 装丁:単行本(248ページ)
  • 発売日:2023-11-24
  • ISBN-10:4910790152
  • ISBN-13:978-4910790152
内容紹介:
戦場体験者の証言が浮かび上らせるのは、歴史的事実だけでない。話せないこともあれば、伝えたくても伝わらない思いもある。ビルマ戦研究者であり、戦友会、慰霊祭の世話係でもある著者が、20年以上にわたる聴き取りによって書き留めた、“痛み”と“悼み”の記録。
大日本帝国の戦争では、日本人310万人が命を落とした(厚生労働省の推計)。現代で言えば、大阪市民約280万人を上回る市民がいなくなったことになる。だが、この被害は下限でしかない。命を取り留めたものの心身に障がいを負った人。保護者を失って社会保障ゼロの世界に放り出された戦争孤児ら。実際の被害者はその数倍もしくは数十倍に上るだろう。その戦争は、今から79年前の1945年夏に終わったと思われている。しかし、たとえば戦没者の遺骨がいまだ100万体以上行方不明なことから分かる通り、戦闘が終わっても戦争被害は終わらないのだ。20年以上にわたり戦場体験者の聴き取りをしている著者は、この「終わらない戦争」の実相を伝える貴重な研究・発表を続けている。新著『悼むひと 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー』(生きのびるブックス)はその成果が凝縮した好著だ。本稿では読みどころを三つあげておきたい。

まずは、貴重な戦史研究の成果だ。著者が聴き取りをした元兵士はビルマ戦だけで延べ50人以上。さらには中国雲南省西部、拉孟(らもう)であった日中両軍の死闘についても、生還者の証言を記している。日本史上最大の悲劇である戦争の体験者は、加速度的に減っている。今やどんなに優秀なジャーナリスト、歴史学者でも聴くことができない体験談がふんだんに記されている。

元特攻隊員などの取材を重ねてきた評者の取材経験では、悲惨な戦場から生還した元兵士たちは、口をつぐむことが多い。著者が彼らの重い口をどうやって開かせたのか。その経緯も興味深い。若い記者が「戦後80年」以降の取材をする上で、参考になるはずだ。

二つ目の読みどころは、「研究者・遠藤美幸」誕生の経緯だ。

第二次世界大戦下のビルマ戦線などの戦史研究家として著名な著者だが、本格的に研究に着手したのは遅かった。日本女子大在学中に日本航空国際線の客室乗務員となったものの1988年に退職。日本女子大に復学してイギリス労働運動を学んだ。さらに慶応大大学院に進学、19世紀のイギリス民衆音楽を研究した。だが育児に追われ、大学院をいったん離れた。そのままなら、研究者としての著者は生まれなかったかもしれない。

転機は2001年。客室乗務員時代に知り合った男性から段ボールで資料が送られてきた。それは1944年、中国雲南省西部の軍事拠点・拉孟(らもう)の日中両軍の死闘の記録だった。男性は孤立していた日本軍部隊に武器弾薬などを投下する任務に就いていた。作戦の詳細な記録や日誌、写真などの1次資料が入っていた。「後世の人たちに、こんな壮絶な『玉砕戦』があったことをぜひ伝え残していただきたい」という男性の思いに背中を押された。翌年、4年ぶりに大学院に戻って研究を進めた。

とはいえ「日本の戦争についてはまったくの門外漢でした」。元軍人から「佐官(日本軍の階級で少佐、中佐、大佐)」と言われても「建物の壁や床などを塗る『左官』だと思っていました」。軍事用語もほとんど知らなかった。が、80歳前後の元兵士は、そんな著者に親切に接したという。薦められた書籍は片っ端から読んだ。たとえば防衛研修所戦史室が編さんした『戦史叢書(そうしょ)』シリーズ。「公刊戦史」とも言われる。いわば国の「正史」だ。だが、著者は「真実が書かれているわけではない」と感じ、「書かれていない史実を明らかにすることが研究の主題となった」という。こうした体験談は、研究者を目指しながらあきらめて他の業種に就いた人たちにとっては大きなエネルギーとなるだろう(評者もその一人)。

三つ目は、著者が言う「ボンドガール」としての役割だ。戦争体験者の第1世代。その子どもの第2世代。戦争体験がまったくなく、かつ、体験者と直接関係がない第3世代。それらをつなぎ戦争体験の継承に貢献すべく奔走する著者の姿は、「戦争の記憶をどうやって継承するか」という、社会的な課題を考える上で貴重なヒントになる。

[書き手]
栗原 俊雄(くりはら としお)
1967年生まれ、毎日新聞専門記者(日本近現代史・戦後補償史)。著書に『戦後補償裁判 民間人たちの終わらない「戦争」』(NHK出版新書)『硫黄島に眠る戦没者 見捨てられた兵士たちの戦後史』(岩波書店)他。
悼むひと: 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー / 遠藤 美幸
悼むひと: 元兵士と家族をめぐるオーラル・ヒストリー
  • 著者:遠藤 美幸
  • 出版社:生きのびるブックス
  • 装丁:単行本(248ページ)
  • 発売日:2023-11-24
  • ISBN-10:4910790152
  • ISBN-13:978-4910790152
内容紹介:
戦場体験者の証言が浮かび上らせるのは、歴史的事実だけでない。話せないこともあれば、伝えたくても伝わらない思いもある。ビルマ戦研究者であり、戦友会、慰霊祭の世話係でもある著者が、20年以上にわたる聴き取りによって書き留めた、“痛み”と“悼み”の記録。

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ALL REVIEWS 2024年8月5日

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