選評
『昭和天皇』(岩波書店)
司馬遼太郎賞(第12回)
受賞者=原武史「昭和天皇」/他の選考委員=陳舜臣、ドナルド・キーン、柳田邦男、養老孟司/主催=司馬遼太郎記念財団/発表=「遼」二〇〇九年冬季号君主制の秘密に肉薄
『昭和天皇』は岩波新書で二二八ページの薄い本です。日曜の朝からていねいに読んでも、夕方には読み終わるハンディなものですが、そのなかに膨大な情報が読みやすく、均整の取れた日本語で書かれている。内容は、昭和天皇がどうして宮中祭祀に魂を込めるようになったかの経緯です。そして結局は、国民への責任よりも神への責任を取ろうとしたという重要なテーマが流れている。国民に対して遂に責任を背負うことがなかったという痛烈な天皇批判が、史料から抽出された客観的な記述として、読む人が納得できる論理的な積み重ねで書かれています。
もうひとつ、昭和天皇のお母さんである貞明皇太后と天皇の関係、昭和天皇の弟、高松宮と天皇との関係が、史料を駆使して明快に書かれている。私たちは主権在民の立憲君主国という国のかたちを採用していますが、その君主制の秘密に肉薄し明確にしたという点で、後々まで基本的な第一級史料になるでしょう。
また宮中祭祀というものが実は昔からの伝統ではなく明治になってからつくられた伝統で、それを日本の国の根本義と考えることの間違いが冷静に摘出されている。どこを取っても議論に値し、またどのページにも目から鱗が落ちる指摘があります。
この本は読み手や読み方によって、さまざまな受け取り方ができる。僕が個人的に感じたのは、昭和の日本人はひょっとしたら天皇一家の親子ゲンカに巻き込まれたのかもしれないという恐ろしい感想でした。この本は事実を精選して論理的に組みあげた結果、中立でありながら、また原さんはそうは言ってないにもかかわらず、どんな立場からも聖書にしたくなるようなすごいところのある本です。
それらがとてもいい日本語で書かれていて、文章を読む快感もあります。司馬先生が生きておられたら、この本を材料に一週間ぐらいお話をつづけられたに違いない。
これは国民全員に読んでほしい。天皇一家はこういう一家で、こういうことを信じて象徴となっているんだと考えてほしい。それにふさわしい一冊を、私たちは手にしました。
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