選評
『水滸伝』(集英社)
司馬遼太郎賞(第9回)
受賞者=北方謙三「水滸伝」(全十九巻)/他の選考委員=陳舜臣、ドナルド・キーン、柳田邦男、養老孟司/主催=司馬遼太郎記念財団/発表=「遼」二〇〇六年冬季号文体の冒険
私がまず一番に注目したことは、北方さんがこの大長編の文章で、ほとんど形容句というものを使っていないことです。日本語のことを動詞文といいますが、この作品では名詞文といいますか、主語(名詞)と述語(動詞)の短い文を積み重ねていって、一個の文章ではなく、その総体によって、変化してゆく友情、男と女、親と子の感情を多面的に表現するという、文体上の大冒険をして、みごとに成功しているのです。それを十九巻やり続けた。
また巧みに原作をアレンジしたり、原作の一部分に過ぎなかった、たとえば経済問題に触れたりして、北方流解釈の新鮮さも魅力でした。
とくに司馬賞にふさわしいと思われるのは、作者のなかに、国家観というものがあって、国と民のかかわり、世の中の不正や不公平に対する激しい気迫というものを感じさせてくれます。それによって、梁山泊側と国側の対立というドラマティックな構造が実にうまく書けている。
まず文章、そして物語の作り方の新しい工夫、人物についてのエピソードを次々展開させる方法など、司馬作品と通い合うものがある、北方さんのこれまでの総決算といえる作品だと思います。
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