書評
『ころ ころ ころ (幼児絵本シリーズ)』(福音館書店)
ころころころころ転がって
年末の銀座を行けばもとはみな赤ちゃんだった人たちの群れ銀座に行くと、ちょっと寄ってみたくなる本屋さんがある。教文館の中にある「子どもの本のみせ・ナルニア国」だ。初めてここに来たのは、子どもが十カ月のころだった。
「『じゃあじゃあびりびり』が気に入っているんですけど、次にどんな本がいいかなと思って……」と店員さんに相談すると、さっそく何冊か、おすすめのものを紹介してくれた。彼女のイチオシだったのが『ころ ころ ころ』。かわいい色の玉が、ころころころとひたすら転がっていくだけの絵本だ。
どのページも、基本の言葉は「ころころころ」。たまに「さかみち」とか「あかいみち」とかいう語がついている。これだけでは退屈するのではと思ったが、半信半疑で買うことにした。同じ作者の『がちゃがちゃどんどん』(福音館書店・八四〇円)という本が並んでいたので、同時にこれも購入、抽象的な絵に、「どんどん」「ざあー」などのオノマトペがついていて、これぞ『じゃあじゃあ……』の発展形という気がしたからだ。
どちらも、あっというまに子どもの心をとらえてくれた。読むほうとしては、『がちゃがちゃ……』のほうが、絵や言葉に変化があるので、読みやすい。が、一見単調に見える『ころころころ』にも、子どもの目は釘付けだ。
かいだんみち、でこぼこみち、あらしのみち……、ページが変わるたびに、カラフルな玉たちは、カラフルな道を、ころころころころ進んでいく。途中、崖のようなところから落ちるシーンがあって、子どもは何度でもどきどきする。そこでは、こちらも調子にのって「あっ、ああああー」などと叫(さけ)んでみたりする。階段では「よいっしょ」と言ったり、嵐(あらし)の道では「ひゅー、ひゅー」と吹き荒れてみたり。結局親のほうも、この不思議な絵本にのせられてしまったようだ。
一カ月後、子どもは嵐の道のページになると「ふーっ、ふーっ」と言うようになった。こうなると、もうそれが見たくて、何度でも読んでしまう。毎回、崖でどきどきしている息子と、毎回、嵐の道でわくわくしている私と。そう変わりはない。
最近、久しぶりにこの本を広げたら、二歳になった息子が意外なことを口にした。階段から落ちそうになっている玉を指さして「この子は……」と言うのだ。
「この子?」
一瞬言葉につまりつつ、気づかされた。そうか、子どもにとっては、ころころころころ進んでいくのは、ただの玉ではなくて、命を持った「この子」なのだ。
つまり、いろだまは主人公。とすると、ここに描かれたさまざまな道は、主人公の道のりということになる。これって、「物語」というものの原型ではないか。そう思って見直すと、退屈どころか、実に波瀾万丈(はらんばんじょう)の一冊なのだった。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2005年12月21日
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