書評

秋の四重奏 (lettres)(みすず書房)【金の斧】

  • 2017/08/12
秋の四重奏 (lettres) / バーバラ ピム
秋の四重奏 (lettres)
  • 著者:バーバラ ピム
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(242ページ)
  • 発売日:2006-05-24
  • ISBN:4622072165

※書店によっては、在庫の無い場合や取り扱いの無い場合があります。あらかじめご了承ください。
※詳しい購入方法は、各ネット書店のサイトにてご確認ください。

トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

気が滅入る話題でも可笑しい。こんな老境小説なら大歓迎!

地味ィななりしてるくせして、中身はとんでもなく面白い小説を見つけちゃいましたの。それは、みすず書房から出ているバーバラ・ピムの老境小説『秋の四重奏』。主人公は、同じ会社に勤めている、定年を間近に控えた六十代の独り身男女四人。教会が大好きなエドウィンに、怒りっぽいノーマンに、人付き合いを好まない偏狭なマーシャに、そこそこお酒落で常識人のレティの平凡な日常を描いたなんて紹介をすると、ブロス読者にはそっぽを向かれてしまうかもしれませんが、ちょっと、ちょっとちょっと(©ザ・たっち)、待って下さいまし。かなり笑える小説なんですってば。

いや、そりゃ、初老の男女四人の物語には恋をはじめとする心浮き立つような派手な出来事なんか起こりませんことよ。恋どころか、職場を離れたら互いにほとんど関心も持たない四人なんですから。あるのは、そうねー、定年退職とか、独り身ゆえの淋しいクリスマスとか、仕事がない日の手持ちぶさたな時間とか、定年後の人生設計とか、死とか、字面だけ見ると気が滅入るような話題ばかり。なのに、可笑しい。読むのがやめられない、不思議にチャーミングな小説になっちゃってんですよ。

その原因のひとつに、この小説の舞台が七〇年代のロンドンで、一九一三年生まれの作者のピムも彼ら四人と同世代にもかかわらず、自己憐憫や弁解、自分たち世代に向ける「プロジェクトX」的な自画自賛のかけらもない、むしろ辛辣な筆致を採用している点が挙げられると思うんですの。意地悪な描写が生む、黒かったり苦かったりする笑いが、世代や国境を越えて届く力を持っている。それが、この小説最大の美点なんであります。

たとえば、大きな目で相手をまじまじと見る癖のある、痩せぎすなマーシャの、定年退職後の生活のユニークさは、奇人変人小説の域にまで達しています。きれいに洗った牛乳瓶を百本あまりも貯めこんだり、ほとんど食事などしないくせに、いろんな種類の缶詰を買い貯め、きっちり整理して戸棚の中にしまっておくといった几帳面な性格の一方で、家の中は埃まみれ。自分の乳癌の手術を執刀してくれた医師に奇妙な執着を見せ、軽いストーキング行為に及ぶ始末。新品のネグリジェを何着もしまっておくくせに、普段着る服には無頓着。いろんな意味、相手をぎょっとさせずにはおかない素敵キャラなのです。こんな枯れない、でも生々しくはなくてクールな老境小説なら大歓迎。高齢化社会を迎える日本でもっとも求められてしかるべき作品ではござりますまいか。

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • ISBN:4054038727

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2006年9月2日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

秋の四重奏 (lettres) / バーバラ ピム
秋の四重奏 (lettres)
  • 著者:バーバラ ピム
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(242ページ)
  • 発売日:2006-05-24
  • ISBN:4622072165

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