書評

『十三匹の犬』(新潮社)

  • 2017/08/06
十三匹の犬 / 加藤 幸子
十三匹の犬
  • 著者:加藤 幸子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(254ページ)
  • 発売日:2016-03-28
  • ISBN-10:4103452102
  • ISBN-13:978-4103452102
内容紹介:
物語の語り手は、一家で飼われてきた歴代十三匹の犬たち。舞台は札幌、北京、東京。家族との出会いと別れ、一家の歴史を描く十三篇。

強者の優しさと残酷さ

世間には犬派と猫派がいて、どちらが好きかで飼い主の性格を推量したりする。私は戌(いぬ)年の生まれだからというわけでも無いだろうが、犬派である。猫は何を考えているのか解(わか)らないし、第一愛嬌(あいきょう)というものに乏しい。猫撫(な)で声は発しても、本心では何を企(たくら)んでいるのか。あの無表情が内面の奥行きを想像させるらしく、夏目漱石は猫になって人間世界を観察した。

この本では著者は犬になっている。著者とおぼしき飼い主の人生を通り過ぎた一三匹の犬が、その時々の飼い主一家との関わり、自分の置かれた運命について、縷々(るる)見たまま感じた様子を伝えるという趣向。それぞれの犬の生涯は、飼い主側からも、語られる。

著者はなぜこんな方法を選んだのか。一つにはレクイエムだろう。人生の一時期を共に生き、先に死んでいった命への共感と祈り。人間ならば墓碑に刻むことも出来るがせめて彼らの存在を記しておきたい、という思いが伝わる。

一方で、エッセイだかインタビューだか忘れたが、どこかで発せられた著者の言葉を思い出しながら読んだ。雑草と雑草でない植物を区別して、ためらいなく雑草を引き抜いて良いのか。そんなひと言だったような記憶がある。雑草も雑草でない植物も同じ命。盲点を突かれ、はっとさせられた。

著者は、犬の視線になって飼い主や世界を視(み)ることが出来る人なのだと、あらためて思う。それは自然主義とも違い、自分以外の命に意識を移すことが出来る能力なのだ。

この本も、創作の手段として、つまり何か伝えたい事のために犬の視線を借りたのではなく、ひたすら犬になって飼い主である人間やその時代を見詰める。もちろん犬だから犬以上の認識は不可能だが、その愚直さゆえ、狭い範囲の出来事を通して、人間の身勝手さや時代の哀(かな)しみが伝わってくる。

一三匹の飼い犬はそれぞれ、戦前から戦中、戦後を生きて死んだ。犬との生活も北海道から北京、東京と移り、飼った犬種も北海道犬、マルチーズ雑種、テリア、スピッツ雑種と様々で、愛され方も運命も違っていた。終生美しく幸福であったり、行方不明になったり殺されたりと、その犬の性格とは別の力に左右されて生きた犬人生。そこには圧倒的な人間による運命の支配があった。

飼い主一家が北京から引き揚げてきた直後の仮住まいに迷い込んできた雑種犬「ぶち」は、両親や住む家を失った戦災孤児のように、過剰なまでに殺虫剤を散布された。野良犬は疫病を恐れて捕獲処分の対象になった。「ぶち」は飼い主の良き番犬だったが、ある夜更け「脂っこさと埃(ほこり)ときつい花の匂いが混合している」「背高のっぽ」がやってきて、英語で声を掛けてきた。飼い主の家を守ろうと「ぶち」は抵抗するが、心臓にジャックナイフを差し込まれて死ぬ。そのとき犬の嗅覚は、進駐軍の米兵を「脂っこさと埃ときつい花の匂い」だと感じていた。人間も及ばぬ鋭さ。

こういう悲劇は混乱期には山ほど在っただろう。今もペットの虐待は減らない。圧倒的な強者である人間が、都合良くペットを利用する関係はこれからも続くだろう。この本に取り上げてもらった一三匹の犬は、それだけでも幸運だった。

命は命であるかぎり平等だ、とする著者の理想には同感だが、この理想に一歩近づくには、自分たち人間が圧倒的な強者である自覚が必要になる。強者は優しさと残酷さの両方を持っている。人間の残酷さに気づかせてくれるのも、非力で弱い命なのである。
十三匹の犬 / 加藤 幸子
十三匹の犬
  • 著者:加藤 幸子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(254ページ)
  • 発売日:2016-03-28
  • ISBN-10:4103452102
  • ISBN-13:978-4103452102
内容紹介:
物語の語り手は、一家で飼われてきた歴代十三匹の犬たち。舞台は札幌、北京、東京。家族との出会いと別れ、一家の歴史を描く十三篇。

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毎日新聞 2016年5月22日

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