書評

『宗教の理論』(人文書院)

  • 2017/08/18
宗教の理論 / ジョルジュ・バタイユ
宗教の理論
  • 著者:ジョルジュ・バタイユ
  • 翻訳:湯浅 博雄
  • 出版社:人文書院
  • 装丁:単行本(213ページ)
  • ISBN-10:4409030310
  • ISBN-13:978-4409030318
バタイユの魅力は、独断的な概念を起源にしながら、道のない道をたどたどしく、根底的に歩み、歩むように考えぬき、踏みつけた足のあとを新しい道にしてしまい、はじめ独断とみえたものが、比類ない独創にまでしみとおってゆくところだ。知識がいま到達している共通概念がはじめにあって、そこから踏みだしてほんのすこしスマートに歩いてみせたといった現代共通の思想や学問のつくられ方と、根底からちがっている。

この本も、まぎれもなく独断的な奇抜な概念から、ほんとうの独創にいたる、きつい、たどたどしい、だがバタイユの巨きな図体の魅力があふれている本だ。ただ独創的なすべての本とおなじで、半頁でもうわの空で読み過すと、もう判らなくなってしまう。それほど未知の思考にぶつかる緊張を強いられる。『エロティシズム』とおなじで、この本のバタイユに影響を感じさせるのは、へーゲルの論理学だけだといっていい。あとはじぶんの概念を使って、じぶんの思考のあとを見せているだけだ。デカルトやライプニッツやスピノザがやったように、無器用に、だがじぶんが考えたこと以外は、すべてを疑う思想家の頑固さで、何はともあれ終りまでやってしまっている。

エロティシズム  / G・バタイユ
エロティシズム
  • 著者:G・バタイユ
  • 翻訳:酒井 健
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(493ページ)
  • 発売日:2004-01-11
  • ISBN-10:4480087990
  • ISBN-13:978-4480087997
内容紹介:
労働の発生と組織化、欲望の無制限な発露に対する禁止の体系の成立、そして死をめぐる禁忌…。エロティシズムの衝動は、それらを侵犯して、至高の生へ行き着く。人間が自己の存続を欲している限り、禁止はなくならない。しかしまた人間は、生命の過剰を抑え難く内に抱えてもいる。禁止と侵犯の終りなき相克にバタイユは人間の本質を見ていった。内的体験と普遍経済論の長い思考の渦から生まれ、1957年に刊行された本書によって、エロティシズムは最初にして決定的な光を当てられる。バタイユ新世代の明快な新訳で送る、待望の文庫版バタイユの核心。

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「内在性」がこの本のキイ・コンセプションだとおもう。動物や植物や無機物のように、あるモチーフを意識したり、「外」に働きかけたりせずに、自身が受け身か、あるいは周囲からなにも求めないで存在が充足している状態が、バタイユの「内在性」という概念にあたっている。だから動物や植物がほんの少し意図的に、他の動物や自然物に働きかけるとき(たとえば他の動物や植物を殺して食べるとき)、ほんとうはじぶんと同類の「内在性」だけを摂取していることを意味している。この観点を拡張すると、この世界は、根本的にはまだはっきりとした境界のない(水流のなかの水のような)「内在性」からできている。つまり「事物たち」の充足した集まりからの世界。

ところが人間だけが肉=身体という「内在性」のうえに、霊=精神という対立物をもち、この対立を極限にまでおしすすめて、現実に何の基盤もない神話的な存在である「最高存在」(神々)を感情しはじめる。このために「最高存在」以外のものは、貧困な、無力な、不安な存在感を味わうことになってしまった。それからあとは、現実世界は、神の世界が誕生したあとの残滓の世界になっていった。動物や植物は霊=精神をもたない存在に貶められてゆき、人間もまた肉=身体をもつかぎり、おなじように「事物たち」からできたこの現実世界の総体に同化し、融け去ってしまうものとなった。

バタイユによれば、人間が動物の身体をもち、そのため「事物たち」の世界に事物のひとつとしてしか存在しないことは、人間が霊=精神をもっているかぎり、「惨め」で、「苦悩」の根拠になっている。だが肉=身体でもって霊=精神を担っている存在という見方をすれば、人間は「栄光」の存在なのである。この考えはキリスト教的にすぎて、一般的といえないが、バタイユの宗教論にとっては大切な概念にあたっている。

すぐにこれはバタイユの次の大切な概念につながる。人間がいちばん霊=精神の存在になるのは、死によって肉=身体が「事物」の状態に還る瞬間であり、だから「屍体は霊=精神を最も完壁に肯定する断言」だということになる。宗教が動物や、ときに人間を「供犠」として殺害してきたのは、すすんで死を作り出して、人間の霊=精神を奥深いところまで解放し、その状態でじぶんを至高の存在に高めようとしたからだ。

「死」はたんに肉=身体が事物として終ることだとおもわれているあいだ、誰もほんとうには「死」に気づいていない。ただの現実的な「事物」のひとつにしかすぎない。だが「死」の瞬間に、突如として「死」はそんなものではなく、現実社会の「真理」のひとつが失われたことだと気がつく。生はそのとき、最高の充溢した状態で啓示され、現実の秩序を減衰させ、人間を憑かれた状態にし、水の流れのつかまえられない響きや、空の虚しい明澄さが身近なものと感じられる状態に到達させる。

これらの至高の「死」の状態をもたらすために、人間の供犠と祝祭は存在している。このときだけ一個の「事物」でしかない人間の存在の仕方、また夜ごとの睡眠によってしか「事物」としてのじぶんから逃れられない人間の存在の仕方は、はじめて内奥から解放される。

もし、「供犠」ということが、意味の系列を解きひらかれ、再探求されてゆけば、人間はじぶんが何ものであるかを、いわば自己意識の明澄で至高の状態として知ることができるようになるにちがいない。そして本来は供犠の内奥性の世界として解きひらかれるべきものを、外在的に暴力的に転化した軍事秩序や、殺戮の狂宴である戦争は、根絶されてしまうはずだ。

バタイユの宗教とその論議の指さすところは、供犠の理念を深める課題を、読むものに宿題として突きつけることになっている。この本はたどたどしいが根源的な本で、ヘーゲルの論理学がこれほど深く透徹して思考のなかにはいっている思想はない。またデカルトやスピノザやライプニッツが「考える人」だという意味で「考える人」に出あうことは、現代以降ではこの本の著者くらいなのかもしれない。

【新版】
宗教の理論  / ジョルジュ バタイユ
宗教の理論
  • 著者:ジョルジュ バタイユ
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(258ページ)
  • 発売日:2002-11-01
  • ISBN-10:4480086978
  • ISBN-13:978-4480086976

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【この書評が収録されている書籍】
言葉の沃野へ―書評集成〈下〉海外篇  / 吉本 隆明
言葉の沃野へ―書評集成〈下〉海外篇
  • 著者:吉本 隆明
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(273ページ)
  • ISBN-10:4122025990
  • ISBN-13:978-4122025998

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宗教の理論 / ジョルジュ・バタイユ
宗教の理論
  • 著者:ジョルジュ・バタイユ
  • 翻訳:湯浅 博雄
  • 出版社:人文書院
  • 装丁:単行本(213ページ)
  • ISBN-10:4409030310
  • ISBN-13:978-4409030318

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マリ・クレール

マリ・クレール 1985年10月

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