対談・鼎談

『父京助を語る』 (教育出版)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/11/16
山崎 京助さんの側からいって救いなのは、この父親がその功績を世間的に認められていたということでしょうね。しかも、同じ仕事を息子に選ばせた。つまり、近代日本においてはあり得ないことなんだけれども、職人的家庭ができたわけですよね。

丸谷 おもしろいね、なるほど。

山崎 非常に例外的に、この親父は、その局面において幸福なんです。息子が頭のあがらないような国文学者でなければ、残りは滑稽なことばかりですからね。トウフとトロロが好きなんだけれども、本当に好きなのはマグロと牛鍋である。じつはそういうものが高くて食えないから、トウフとトロロが次に好きなんだという趣味の完全なる欠如ね(笑)。へたくそな歌を詠むこと以外になんの趣味もない、芝居を観る余裕すらない、この教養の完全な欠如。わたくしは、金田一京助という人を悪くいっているんじゃなくて、これは、多かれ少なかれ日本の近代の男性というものの戯画だと思うんです。

丸谷 おっしゃることはよくわかる。だけど一個所、へたくそな歌というところは異論がある。ぼくは、わりにうまいと思う。

山崎 そうですか。これはだいぶ議論しなくちゃいけない(笑)。

丸谷 「道の辺に咲くやこの花 花にだにえにしなくして 我が逢ふべしや」、これは近代日本の国文学者が詠んだ和歌の中では、かなり上ですよ。ポエジーがある。

山崎 しかしこの人はひどい人で、歌の大事なところを置き替えて書いて平気でいる。「道の辺の一本桜花にだに……」というわけです。これは短歌歌人として失格だと思うね。

丸谷 歌人としては失格だけれど、石川啄木の友人になるにふさわしいくらいのうまさをもっていた。

山崎 あ、そうか。それじゃあ裏返していいます。石川啄木の友人になれる程度に下手であった(笑)。

丸谷 それは絶賛だよ(笑)。

自分のことを詠んでくれた父親の和歌は、みんな、自分が弱虫だったり、病気だったり、情けない歌ばかりである。それでお父さんが最晩年になってから、もっとぼくをほめる歌を詠んでくれませんか、というんですね。これもまたひどい話だけどねえ。何だかヘンに無神経で、とてもわれわれにはおよびがたい感じがする。

山崎 そう。やっぱり、やんごとない家なんですよ(笑)。

丸谷 そうしたら、よしよしといってお父さんが詠んだ。「歌へと言へば女の子より高い声で咲き匂ふなど歌ふ子なりし」これは金田一春彦さんが小学生の頃いかに唱歌が上手であったか、という歌ですよね。「咲き匂ふ」というのは唱歌の題。ぼくは、この歌とてもいい歌だと思う。何か目がしらが熱くなる思いがした。ところがそのあとに、〈出来もはかばかしくなく、それ以上詠ませることは無理のようであった〉と書いてある(笑)。「出来もはかばかしくなく」とは何事であるか。これはいい歌だと思いますよ。

山崎 ここにはチラホラとしか出てこないけれども、春彦さんのお母さんに非常に魅力を感じました。この時期に、つまり、明治二代目の世代の女性ですよね。そのあとの日本の歴史では考えられないような華やかな時代があるんですね。いちばん象徴的な人物をあげれば、岡本かの子でしょうけれども。この中に杉浦翠子という女性が出てきますが、それが、初対面の金田一京助に向かって〈お歌を見せて頂戴! 悪口を言って上げるから〉といってニコリとした。そして非常に情熱的な歌を、一方でつくっていますよね。わたくしは、自分の近親者の老人たちをふり返ってみても、このあたりに、あとの時代にないような華やかな時期があったような気がするんです。

しかしまあ、石川啄木というのも、また、こういう人であっただろうな、と実感がありますね。無神経で、我儘で……。

丸谷 大体、あの頃の文学者は、友だちになっちゃいけないんです。

山崎 いけないね、ほんと(笑)。

丸谷 最近の日本の文学者だよ、友だちにしても大丈夫なのは(笑)。

【この対談・鼎談が収録されている書籍】
鼎談書評  / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • 発売日:1979-09-00

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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年1月6日

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