対談・鼎談

『読書人の立場』 (桜楓社)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2017/11/20
読書人の立場  / 谷沢 永一
読書人の立場
  • 著者:谷沢 永一
  • 出版社:桜楓社
  • 装丁:-(230ページ)
  • ASIN: B000J8Z9P4

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山崎 『読書人の立場』という表題はなかなかいいと思います。というのは、読書人というもの、これは非常に複雑な存在でして、本の思想、その文章、文体を味わうことはもとより、その装丁を愛し、その本にくっついているシミを愛し、珍しい本を手に入れる喜びをもふくめ、非常に重層的な快楽であるところの読書、このいずれにも偏せず、全面的に享受し得る稀有なる才能をもった一人が、読書の楽しみを語ったのがこの本です。

この人はご承知のように近代文学の研究者でして、その方面では非常なる論争家として知られており……。

丸谷 泣く子も黙る(笑)。

山崎 かたわらたいへんな読書人であると同時に、本の鑑定家でして、いまでは関西の古本屋さんたちが教えを乞いにいくというほどの書誌学者です。その人がこの本の中で「蒐書(しゅうしょ)学序説」という題のもとに、自分がいかにして本を集めるかを非常に具体的かつ実際的に書いている。たとえば著名な作家あるいは学者が亡くなりますと、さっそく葉書を送り付けて、追悼文集というものを手に入れるように心がけるとか、あらゆる出版社に豪華本の目録を求めるとか、じつに辛い作業について非常に楽しげに語っています。

もちろん、彼はなかなかの文芸批評家でもありまして、鋭い批評を非常にさりげなく表現することがある。それが非常によく出てるのは「司馬史観の源流」という、「文藝春秋」に載ったことのあるわずか五枚の随筆でして、司馬遼太郎氏の小説にあらわれている人間観の原型に似たものが、たまたま三宅雪嶺にあるということを的確に指摘しています。現実に司馬さんが三宅雪嶺に学んで書いたということはないとして、司馬さんの人間に対する独特の切り口というものは三宅雪嶺に原型が求められるというわけです。あのあたりは、大きな網をうつ評論家に対して、その網の目から漏れる視点だと感心しました。

また、いわゆる通説にとらわれない見方をするときに、この著者の目は非常に鋭く光っていて、三宅雪嶺の中から特に『明治人物論集』というものを取りあげている。あるいは徳富蘇峰の『近世日本国民史』、竹越三叉の『日本経済史』、高橋亀吉の『私の実践経済学』、同じ高橋亀吉の『大正・昭和経済変遷の観察と評論』といったところに的確な評価を下しています。つまり、みんな黙ってその本の成果を利用しながら、口を拭って素知らぬ顔をしている、あるいは軽蔑するふりをするというような本がいくらも隠れているんだと。ついでながら蘇峰の『近世日本国民史』についていいますと、わたくしと丸谷さんも別の機会にこれを大いに称揚したことがありますけど、それのみならず、いかにも本を読む玄人らしい手つきというか、目つきというものが見えて、わたくしにはおもしろい、楽しい本でした。

木村 ぼくはこの方の読書の姿勢というのをたいへんおもしろいと思う――。

読書論および読書随筆には、内面の底流に一種のカゲが含まれていなければならぬ。この不可欠の塩を当初から配合されていない読書随筆は、なんとしても読むにたえない

というんですね。なるほどと思いました。この本の中で議論としていちばん興味深かったのは、「雑誌の多様化現象と読書意識の変質」という文章です。総合雑誌になぜ魅力がなくなったか、戦前は貧しく純情な放射的好奇心の持ち主、随従型の知識人が遍在していて、そういう人たちがオピニオンリーダーとしての総合雑誌から、安心感を得ていた。ところが戦後思想史の最大の特色は、アンチ・アカデミズムというものが三十年間一貫して不在であって、全体に水割りアカデミズムともいうべきものが支配した(笑)。アンチ・アカデミズムの担い手というのは要するにアカデミズムの予備軍でしかなくて、どこかの国立大に就職すると、たちまちアンチ・アカデミズムの性格を失ってしまう。

それと同時に戦後は知的平準化がなされて、いまや英姿颯爽たるリーダーを必要としない時代になってきた。なんらかの使命感を説くような論調はだれの目にもすべて滑稽に映る。人々はテレビの野球解説みたいな読み流し評論を好むという傾向が一般的になってきて、これが説教的総合雑誌がだめになってきた原因であると分析しています。水割りアカデミズムなんていわれると耳が痛い(笑)。しかし、確かに一つの真実をついてるように思いましたね。

説教的総合雑誌の衰退は、ほかにも原因が考えられると思う。つまり、現代は全般的に逼塞した時代で、そうするとどうしても部分を好むといいますか、全体性の壮大な理論というよりはむしろ部分的なデータを重視する気分になる。ヴェルサイユ宮殿みたいなもので、全体の外観は学校か兵舎みたいな非常にやぼなものですけど、細部に凝ってるわけですね。細部の具体的・部分的な事実に凝るという精神がいま出てきているということは、あるいは総合雑誌が一つの大きな転機を迎えているということかもしれませんね。

(次ページに続く)

初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年2月10日

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