読書日記

鹿島茂「私の読書日記」週刊文春2017年11月2日号 本村凌二『教養としての「世界史」の読み方』(PHP研究所)、ドゥニア・ブザール『家族をテロリストにしないために』(白水社)

  • 2017/12/17

週刊文春「私の読書日記」

×月×日

借りているマンションが地価高騰によって地上げにあい、一〇月末までに立ち退かなければならなくなった。本を動かすのは軍隊を動かすことよりも難しいので、ここは断捨離の決意をもって臨むほかない。と言いつつも、近代ヨーロッパの源流であるギリシャ・ローマ史の本があるとつい買ってしまうのだから、始末が悪い。本村凌二『教養としての「世界史」の読み方』(PHPエディターズ・グループ 1800円+税)は、さすがは日本におけるローマ史の第一人者だけあって、ローマ史研究から割り出した「歴史の読み方」そのものを教えてくれる。

教養としての「世界史」の読み方 / 本村 凌二
教養としての「世界史」の読み方
  • 著者:本村 凌二
  • 出版社:PHP研究所
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(301ページ)
  • 発売日:2016-12-17
  • ISBN-10:456983194X
  • ISBN-13:978-4569831947
内容紹介:
歴史は「人類の経験」の集大成。現代を読み解くヒントは、世界史の中にある。グローバル時代に必須の「教養世界史」の読み方を解説。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

まず著者が強調するのは、歴史の世界同時性には意味があるということである。たとえばローマ帝国と漢帝国はほぼ同時期に成立している。ローマはハンニバル率いるカルタゴ軍を第二次ポエニ戦争のザマの戦いで破り、西地中海の覇権を握り、事実上「ローマ帝国」の礎を築く。

一方、東では項羽率いる楚軍を劉邦率いる漢軍が垓(がい)下(か)の戦いで撃破する。四面楚歌という成句のもとになった戦いである。これがどちらも同じ前二〇二年。

そればかりではない。二つの帝国は存亡の危機もほぼ同じ時期である。

ローマ帝国はザマの戦いから約四百年後、「三世紀の危機」と呼ばれる混迷の時代を迎えます。一方の漢帝国は、二世紀の末に起きた黄(こう)巾(きん)の乱(一八四)以降、群雄割拠する『三国志』の時代に突入していきます

さて、こうした考え方は当然「そんなの素人考えで、何の意味もない」とする実証主義史学からの反撃が予想されるが、これに対し著者は次のような「歴史の読み方」を披露する。

すなわち、世界同時性は、かつて歴史のどこかで世界同時的に発生した出来事から導かれた結果ではないかと。

しからば、その出来事とは何か? 紀元前五〇〇〇年頃に始まった地球の乾燥化である。それ以前にはサハラ砂漠は緑に覆われたグリーンサハラだったのである。この乾燥化は世界で同時に起こり、そのため人々は水を求めてナイル川、ティグリス・ユーフラテス川、インダス川、黄河・揚子江の河畔に集まり、集住化が始まって都市が生まれる。

その結果、水争いを防ぐための水活用システムが生まれ、そうしたことを記録する必要から文字が生まれたのです

では、この乾燥化→河畔への集住化→都市の誕生の次に来るのは何か? それぞれの土地に条件付けされた固有の文化(カルチャー)を持った人たちが集住した結果、普遍性を基軸とする文明(シビライゼーション)が誕生し、共通の符丁のようなものが必要になったことである。一つは文字の簡素化。

前二千年紀の中頃、複雑・多様な文字を簡素化して使いやすくしようとする「アルファベット運動」と言ってもいいような動きが同時多発的に起きていたと考えられるのです

もう一つは一神教の誕生である。「同様に、多神教として誕生した宗教が、何百、何千という神々を一つに統合し、一神教が形作られていったのも、この時期です」。

つまり集住化がシンプリフィケーションを生んだのだが、しかし、厳密にいうと、宗教の場合は一神教化の前段階としてヒエラルキー化がある。頂点の神だけを本物の神として他を捨てたというわけだ。

この二つのシンプリフィケーションに少し遅れて、貨幣の誕生が来る。

前一千年紀前半、各地で物々交換や銅や銀の塊を量って行われていた取引が、東地中海のギリシア人居住域で貨幣を介した交換という形に統一されます

ここまでは、一神教を除けば東西で文明の進捗度はほぼ同じで、思想や哲学が生まれるのもほぼ同時期。だが、以後ローマ帝国と漢帝国が誕生するまでの経緯は洋の東西でかなり異なる。というのも、ローマがギリシャを模範として生まれたことの影響が大きな差異をもたらすからだ。ギリシャでは王政、貴族政、独裁政、民主政といった政治形態を時間軸で体験したが、ローマはこれに学んで、独裁政(コンスル)、貴族政(セナートゥス)、民主政(コミティア)が同時に存在するようにしてバランスを取ることに成功したのだ。もう一つ、ローマが大帝国を築けた原因として、ローマが軍事的に征服した土地に対して寛容さをもって臨んだことが挙げられる。すなわち、ローマはラテン語を強要せず、出自に関係なく人材を登用するという普遍性原理を旨としていたが、ギリシャは領土外の人々をさすバルバロイ(野蛮人)という言葉があるように排他的で異民族を蔑視したため帝国にはなれなかったのである。

しからば、ローマ帝国の崩壊の原因は何か? ひとつはインフラが個人の寄付で出来ていたため、最初はよかったが、後には補修に手が回らなくなったこと。もう一つは傲慢(ヒュブリス)によってローマ特有の改良の精神を忘れたことである。

ローマの発展を支えたのは、ギリシアやエトルリアから学んだことを、ソフィスティケートする能力の高さでした。ローマは強大な帝国という勝者になったことで傲慢になり、その世界に誇るソフィスティケート能力を追求しなくなっていたのです

著者がローマ史の専門家であるため、ローマ史は充分に説得的である。一方、漢帝国のほうは簡略化されて説明不十分のきらいはあるが、「歴史の読み方」はこれ一冊でかなり学ぶことができる。惹句として掲げられた「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という「伝ビスマルク」の標語は、ローマと同じく傲慢に陥ってソフィスティケーションを忘れ、インフラの劣化に苦しむことが予想される日本にとっておおいなる教訓となることだろう。

 

×月×日

『教養としての「世界史」の読み方』の最後に、「人々が自覚しないうちに世界における『戦争の形』が変わってきているのではないか」という言葉があるが、これを裏付けるかたちになっているのが、少年更生・保護教育の専門家で、フランスのライシテ原則に賛成するムスリム女性であるドゥニア・ブザール『家族をテロリストにしないために イスラム系セクト感化防止センターの証言』(児玉しおり訳 白水社 1500円+税)という、タイトル通りの内容の本である。この「第三次世界大戦」の最前線は、イラクやシリアの無法地帯ではなく、欧米の青少年がクリックを繰り返している子ども部屋のネット画像にあることが明らかだからだ。すなわち、ISやヌスラ戦線などのジハーディストはインターネットを通じて戦士を一本釣りしていくが、それは日本のオウム真理教などの新々宗教や自己開発セミナーの手口と同じで以下のような手順を踏む。第一段階「この世界は嘘に満ちている」という映像を流布し、周囲に対して違和感を覚えている少年少女を取り込み、秘密結社による陰謀説を喧伝する動画を流す。第二段階「真実を知るグループ」への誘いが行われ、周囲との決別を促し、個人のアイデンティティを喪失させる。この段階で少年少女は登校拒否を始め、友達とも口をきかなくなり、課外活動をやめる。第三段階「選ばれた人」を戦闘に誘うために、映画やゲームの映像を挿入したサブリミナル効果のある動画でムスリムへの入信を誘い、戦地への出発を促す。

こうして、ジハーディストに取り込まれてしまった子どもたちを親が奪還するのは容易ではない。というのも理性による説得は無力だからだ。ではなにが有効か? 感情に訴えて人間性を取り戻させることが第一歩で、次に改心した人の証言などで現実世界との対峙を迫るということらしい。すでに、あなたの子どもも第三次世界大戦の矢面に立たされているのかもしれない。恐ろしい世の中になったものである。

家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言 / ドゥニア・ブザール
家族をテロリストにしないために:イスラム系セクト感化防止センターの証言
  • 著者:ドゥニア・ブザール
  • 翻訳:児玉 しおり
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(154ページ)
  • 発売日:2017-09-23
  • ISBN-10:4560095779
  • ISBN-13:978-4560095775
内容紹介:
多くの若者が、ネット動画を通じて過激思想に洗脳され、取り込まれていく。フランスで起きていることは他人ごとではない。

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週刊文春 2017年11月2日

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