作家論/作家紹介

【ノワール作家ガイド】デビッド・グーディス『深夜特捜隊』『華麗なる大泥棒』『Black Friday』

  • 2018/01/28
一九一七年、フィラデルフィア生まれ。広告代理店勤務のかたわら、作家活動を開始。一九四六年の第二長篇『Dark Passage』はハンフリー・ボガートと口ーレン・バコール共演で映画化(「潜行者」)され、声価を高める。五〇年代には「ゴールド・メダル」叢書の人気作家となり、『深夜特捜隊』『華麗なる大泥棒』が日本に紹介されている。

フランスで評価が高久、前記『華麗なる大泥棒』がジャン=ポール・ベルモンド主演で映画化されたほか、フランソワ・トリュフォーにより『Shoot the Piano Player』)『ピアニストを撃て!』)が、ルネ・クレマンにより『Black Friday』(「狼は天使の匂い」)が映画化されている。本人も四〇年代後半からハリウッドで脚本家として活躍していた。

近年の古典ノワール再評価のさきがけとなったのは、アメリカの出版社ランダム・ハウスの文学系叢書レーベル、ヴィンテージが一九九〇年に立ち上げた「ブラック・リザード」叢書だった。カルト作家バリー・ギフォードが作品選定に関わったこの叢書(この新レーベルは、カリフォルニァ州バークレーにあってアメリカ産ノワールを専門に出版していた「ブラック・リザード・ブックス」という社がメジャーに吸収されてできたものらしい)は、まずアメリカン・ノワールの名匠というべき三人の作家の作品を出版した――ジム・トンプスン、チャールズ・ウィルフォード、そしてデイヴィッド・グーディスである。

代表作『ポップ1280』『残酷な夜』が訳されたトンプスンや、一流のオフビート感覚が作裂する怪作『危険なやつら』などの代表作がおおよそ紹介されているウィルフォードに比べると、グーディス作品は日本で二作紹介されているだけだ。しかも、いずれもリアルタイムで偶発的に訳されたのみで、「再評価」される動きもいまのところない。

だが、「ノワール」というもののイメージが、もっとも素直に作品に現れているのがグーディスなのだ。もっとも「正統的」な暗黒小説作家はグーディスである、と断言しても言い過ぎにはならないだろう。

そもそも、一九五〇年代近辺にアメリカで発生した苛烈な犯罪小説群が「ノワール」と現在呼ばれるに至ったのは、こうした作品がフランスで「ロマン・ノワール」と呼ばれ、またそれをもとにした犯罪映画が「フィルム・ノワール」と称され、同時期にアメリカでつくられるようになった白黒の犯罪映画もそれを受けて「フィルム・ノワール」と呼ばれたためだと乱暴に要約できる。つまりアメリカにおいて「ノワール」は、まずは犯罪映画を指す語であり、それがやがて古典的フィルム・ノワールの原典たる犯罪小説にまで援用されるようになった。つまり「ノワール小説」の成立・発達・受容を考えるうえで、フィルム・ノワールの影響は看過できないのだ。

グーディス作品を読むと、「夜」の場面が非常に多いことに気づく。それも都市の闇だ――『Black Friday』の冒頭では主人公が夜の町で決死の逃走を展開し、〈深夜特捜隊〉なる謎の警官集団に巻き込まれる元刑事の苦闘を描く『深夜特捜隊』では、文字通り夜になると〈特捜隊〉が動き出す。『Shoot the Piano Player』は「通りに街灯はなく、光は何一つなかった」という一行で幕を開ける。『深夜特捜隊』で闇夜に閃く銃火と跳弾の火花はおそろしく鮮烈だし、『Black Friday』で追いつめられた男が逃げ回る夜の街路は、まるで影のつくり出す迷宮のように映る。

光と影――白と黒。フィルム・ノワールは、白黒フィルムであることを活用した光と影のコントラストを、大きな特徴としていた。このつよいコントラストは、画然として幾何学的とも言える影/光を現出させた――そうした直線的な影が、人工的で冷徹な現代の社会システムのもたらす不安を象徴していたと見るのは、見当はずれの素人考えだろうか?

だが少なくとも、グーディス作品で描かれる複雑怪奇な都市の闇は、『華麗なる大泥棒』や『Black Friday』の全編を覆う強烈な閉塞感――心理的な闇――と、等価であるように思われるのだ。そしてグーディスー流の沈鬱な空気感は、フィルム・ノワールの映像にきれいに重なり合うことはたしかだ。そしてそれがゆえに、古典的ノワール作家のなかでグーディス作品が、リアルタイムでもっとも多く映画化された理由にちがいない。

現代社会の閉塞感/不安感を、夜の闇とそこに蠢く犯罪者に仮託して描き出すノワール小説/映画のフォーマットは、グーディスによって提示されたとすら言えるかも知れない。また、いかに現在の眼で小難しい「再評価」がなし得たとしても、ノワール小説/映画は、ペーパーバック/プログラムピクチャーとして、一般の人々に消費されるべく造られたものでもあったはずだ。そうした点でも、グーディス作品は、トンプスンの過剰な諧謔やウィルフォードのオフビートさといった「不親切」な要素がなく、娯楽として確実に楽しめるページターナーでもある(『深夜特捜隊』など、銃弾乱れ飛ぶ痛快活劇小説なのだ)。

トンプスンやウィルフォードの凄みは、大量消費される読物に、強烈な毒をひそませたことに因る。だがグーディスは、ある時代の精神を反映した作品を娯楽小説として書きつづけた。言ってみれば、トンプスンやウィルフォードは「反則」なのだ。ノワールの評価軸を設定するには、まずその原点として、デイヴィッド・グーディスをきちんと評価しておかねばならない。そうすることで、トンプスンやウィルフォードの「異形」が正当に眺められるのではないかと思うのだ。

【必読】『深夜特捜隊』(東京創元新社)、『華麗なる大泥棒』(角川書店)、『Black Friday』(未訳)
深夜特捜隊   / デビッド・グーディス
深夜特捜隊
  • 著者:デビッド・グーディス
  • 翻訳:井上 一夫
  • 出版社:東京創元新社
  • 装丁:文庫(312ページ)
  • 発売日:1967-02-17

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華麗なる大泥棒   / デビッド・グーディス
華麗なる大泥棒
  • 著者:デビッド・グーディス
  • 翻訳:合田 直実
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:文庫(216ページ)
  • 発売日:1974-00-00

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ユリイカ

ユリイカ 2000年12月

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