対談・鼎談

小松左京『アメリカの壁』(文藝春秋)

  • 2018/12/15
アメリカの壁 / 小松 左京
アメリカの壁
  • 著者:小松 左京
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(370ページ)
  • 発売日:2017-12-05
  • ISBN:4167909812
内容紹介:
アメリカと外界との連絡が突然、遮断された!? 四十年前にトランプ大統領登場を予言した(?)表題作を含むSF界の巨匠の短編集。

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山崎 これは小松左京氏のSF作品集で、中には何篇かの作品が入っています。

『アメリカの壁』というのは、しじゅうアメリカと日本の間を往復している国際的な人物が主人公です。彼がアメリカで仕事をすませて、これから日本へ帰ろうと思っている矢先に、奇妙なことがいろいろと起こってくる。たとえば長年つき合っている知日派の友人が、アメリカに定住しないかなどといい始めます。彼が一笑に付していると、やがて飛行場が異常事態を起こし、国際線が全部ストップしてしまう。さらに国際電話がまったく通じなくなる。やがて、その原因はアメリカの周囲にできた霧の壁だということが判明する。その霧はどうも正体不明なのですが、交通もそれによって途絶するし、電波によるコミュニケーションも途絶してしまう。つまりアメリカは孤立してしまうわけです。

ところが、これは自然現象ではなく、大統領を中心とする、政治、軍事、産業、および知識入の連合体が、陰謀として企んだ事件であるらしい。というのは、いまやアメリカにとって、世界は手に負えない存在になり始めている。

あっちこっちにあらゆる種類の政治問題があり、アメリカが親切にそれを解決してやろうとすると、反米運動が起こる。エネルギー問題にせよ、開発途上国問題にせよ、アメリカから見れば、要するに他人の問題であって、世界さえなければアメリカは幸せに暮らしていけるのだという認識から、にわかに伝統のモンロー主義的気分が、アメリカの中枢を支配した。そこで、この霧の壁が、アメリカの大統領の念力によって生まれてきたらしい。いわば霧によって、アメリカは現実的にモンロー主義を実行してしまった。

そこに取りこまれてしまった幸せな外国人がたくさんいるわけですけれども、その中で、この日本人と、スウェーデンの軍人と、一人のイギリス人と、もう一人ユーゴスラビアの役人だけが、不幸なる外の世界へわざわざ超音速ジェット機に乗ってとび出して行く――。こういう話です。

いまのアメリカというものを観察して、そこにめばえている潜在的なモンロー主義気分を、諷刺的に取りあげたという批評眼もさることながら、それよりもこの作品の中には、不思議に抒情的な気分が流れています。

丸谷 そのとおりね。

山崎 小松左京氏の一つの特色は、彼の代表作といわれる『日本沈没』にも典型的に現われていますけれども、一種非常に透明な、美しい抒情詩を思わせます。そのまま文字にして書かれたら、多分われわれは受け付けないであろう、そういう抒情詩を、SFというものものしい、まがまがしい道具立てを使って上手にのみこませてくれる。それがこの作家の秘密だろうと思うんです。

そういう抒情性が、もっと率直に出てくるのが、次の『眠りと旅と夢』です。これはアンデス山脈で古代のミイラが発見されたというところから始まります。その古代マヤ文化のミイラが、何と石のお棺の中で生きているというのです。足の先はすでにミイラになっており、お腹のあたりは死骸になっているんですけれども、頭だけは生きていて、心臓が一分間に二十回鼓動している。

様々な科学技術を使って、そのお棺の中の世界を探知したところによると、そのミイラは夢を見ているらしい。千年前にみずから薬を服んで眠ってしまい、いまだに夢を見ている。その夢の世界というのは宇宙であって、宇宙の様様な星雲の世界をさまよっている。最後には、主人公が、自分自身眠ってしまい、夢の中でそのミイラと語り合う。そして、ひょっとすると自分たちが暮らしているこの地球そのものが、どこか遠くの星のミイラが夢見ている世界なのかもしれないなどと思って終わるわけです。

小松左京氏のSFでは、科学的知識というのはひとつの道具になっている。科学の可能性を確信して、日常常識を批判する物語をつくりあげたり、合理的に未来を予測するのではなく、われわれが抒情的な夢を見るためのひとつの踏み台、現実の常識の世界からとび出すための、便利な道具に使われているという印象を非常に強くうけました。

丸谷 レイモンド・チャンドラーという探偵小説作家がいますね。彼はあれだけたいへんな才能の持ち主でありながら、純文学を書かないで、なぜハードボイルドの探偵小説を書いたのか。彼はひどい照れ性だったから、とても恥ずかしくて普通の小説は書けない。それで探偵小説を書いたんだ――。こういう説をあるチャンドラー論で読んだことがあるんです。これはなかなか納得のいく意見なんですけれども、もう一つ説明するためには、チャンドラーの小説というものが、基本的に非常に抒情的な小説であるということがある。抒情的でなければ、いくら照れ性であっても、普通の小説を書けるわけですよ。

山崎 照れる必要がない。

丸谷 ところが、抒情的な本質のことを書きたい。しかも書きたい人間がひどく照れ性であるというときには、とても純文学は書けない。探偵小説を書くしかない。そこでチャンドラーは探偵小説を書いた。

それとまったく同じことが、小松左京という人のSFにもいえるんじゃなかろうか。

もちろん小松左京氏は、レイモンド・チャンドラーの大才に比べれば、はるかに下の才能しか持っていない(笑)。しかしチャンドラーの抒情性とほぼ同じくらいの抒情性を本質的にもっている、少年詩人といった趣きの人なんだろうと思うんです。あの膨大な体躯と、およそ相反する、繊細な、抒情的な精神の持ち主だろうという気がしました。

そういう人にとって、SFという非常に具合のいい形式があってよかったなと思いました。この形式がなかったら、この人は立つ瀬がなかったろうな。文学形式にはいろんなものがあります。ちょうど運動選手にとって、いろんなスポーツがあるのと同じで、相撲でダメだったら水泳でいけばいい、水泳がダメだったら槍投げとか、いろいろある(笑)。それが、一見偶然に選んでいるみたいだけれども、実はその形式を必然的に選ぶわけでしょう。そういう選択が、実に直感的に、幸福になされているという感じがしましたね。

ところでこの『アメリカの壁』ですが、着想はたいへんおもしろいけれども、長篇小説のあらすじを読んだような感じがするんです。小松さんという人は、これだけの素晴らしい着想をもっていながら、形式の感覚がどうも少しうまくいっていない。

これはある種の知的な作家によくある現象なんですね。たとえば中村真一郎さんの書いた中篇ものの探偵小説があるんですよ。それも、まるで長篇探偵小説のすじがきを読んでるような気がする。頭はどんどん先に動くけれど、詳しく書くことを面倒くさがってしまう。「わかるだろう。これだけ書けば、もうわかるよな」という感じになってしまうんです。小松さんのこの作品も、長篇小説にするべきものじゃなかったか。

木村 わたしはたいへん共感をもって読みました。ケネディ政権以来、それまで外向的だったアメリカが内に向かう様子が、じつによく書けている。世界の番犬として、アメリカは自他共に任じていたわけですが、だんだん後退してきて、自分の国をとにかく守るということを第一に考えるようになった。ヨーロッパはヨーロッパでやれ、日本は日本でやれ、自分で自分の国の面倒を見ろ、アメリカはまずアメリカのことを考えるんだ。そういう気持が、じつによく表現されていますね。

それと同時に、アメリカのエゴイズムみたいなものが、うまく描かれている。つまり善良なアメリカ市民としてアメリカに入るか、それとも事情を知った違和感のある人間としてアメリカから出て行くか。この二つに一つを選べというアメリカの民族性みたいなものが、じつによく出ていると思うんですね。

ただ、現代アメリカの内向的な傾向は、アメリカが必ずしも伝統的なモンロー主義に復帰して、世界に対し孤立主義の立場を強化するという意味ではないと思います。世界的に国家間の組織化、相互依存関係の緊密化が進んだために、世界に対してもつアメリカの意味がそれだけ小さくなった。だから国際的な結び合いを前提として、アメリカが世界における自国の利害を第一に考えるようになった、ということでしょう。

山崎 作者が本当に書きたいのは、こんなに科学が信じられているように見える世の中でも、科学の先端にいるということは孤独で、とても淋しいことなんだということだろうと思うんですよ。『眠りと旅と夢』に出てくるマイケルというのは、大変な現代の英雄なんですね。開発会社のプロデューサーで、万能型の人物なんですね。それがある日、アンデスの山から出てきたお棺の中にミイラが生きているということを発見してしまったときの混乱。そのときの何ともいえない孤独。これを彼は書きたいんだと思うんですね。

もしあの棺の主が生きているとしたら、

〈おれたちの科学、おれたちの文明とその歴史、おれたちのものの考え方の基礎が、何かこう……全面的におかしくなっちまうんじゃないか〉

と思って、いやな予感がする。そこで変なものを見てしまった孤独というのは、科学者のものであると同時に、詩人の目でもある。おそらく最も良質な文学の目にも通じるものだろうと思うんですね。

木村 ろくろっ首の話もでてきますね。昔あった様々なお話を、現代に復活させようとしているでしょう。近代において放逐された神話を、現代においてもういっぺん息づかせようというわけですね。

山崎 小松氏の創作の原点を物語る逸話があるんですよ。彼は若いころたいへん貧乏してまして、その中で結婚したわけですね。奥さんに買ってあげるものが何もないんですよ。それどころか、ラジオまで売ってしまわなければならないような生活で、何の娯楽もなくなった。そこで彼は、一所懸命お話を書いて奥さんに読んであげた。それが彼の創作の出発点だというんです。

丸谷 ほう。

山崎 彼の文学というのは、そういうものなんですね。これはいわゆる日本近代の私小説作家たちの精神と、正反対のものなんです。私小説の作家たちは、だいたいにおいて奥さんを犠牲にして、世界に向かって私を語るわけですよ。彼はその小さな家庭の中で、奥さんに向かって世界を語っている。

丸谷 つまり小松左京は、日本のSF作家の中で非常に正統的な感じがするということですね。姿勢が西洋臭いSF作家だ。

山崎 ある意味でいえば、文学というものは半分ぐらいSFなんですよね、本来の歴史を見れば。ギリシャ神話、ダンテの『神曲』、ゲーテの『ファウスト』みなSFですよ。

丸谷 『南総里見八犬伝』ね。

山崎 『聊斎志異』『西遊記』がそうですね。文学はいずれも想像力を働かすものなんですけど、その想像力に、日常の常識というワクをかけるか、それ以外のところでワクをかけるか、それだけのことのような気もする。

木村 昔のSFというのは、人間の生きる希望みたいなものをこめていたように思うんですけどね。ここに書いてあるのは、怖さね。まったく逆なんだ。

丸谷 そうなんですよ。

木村 楽しい夢じゃないんだ。

丸谷 もし科学なんてものがなかったら、どんなによかったろうという話ですよ。そのテーマの連続です。

アメリカの壁 / 小松 左京
アメリカの壁
  • 著者:小松 左京
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(370ページ)
  • 発売日:2017-12-05
  • ISBN:4167909812
内容紹介:
アメリカと外界との連絡が突然、遮断された!? 四十年前にトランプ大統領登場を予言した(?)表題作を含むSF界の巨匠の短編集。

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【この対談・鼎談が収録されている書籍】
鼎談書評  / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • ASIN: B000J8ET3C

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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年7月17日

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