書評

『未来図の世界』(講談社)

  • 2019/07/18
未来図の世界 / 小松 左京
未来図の世界
  • 著者:小松 左京
  • 出版社:講談社
  • 装丁:-(284ページ)

光速運動者の冒険 "図"にたいする異常な執着

あらゆる冒険家、探検家、旅行家の"図"にたいする異常な執着は何を意味するのだろう。彼らが挑んでいる未知の世界の模型、その手引きとなるからだろうか。おびただしい行動家が一枚の古ぼけた"図"によって出発をはじめ、それによって生き、そしてとりわけ死んだ。

スティーヴンソンやポーが謎めいた線や記号でみたされた一枚の地図をめぐる肉体や論理の死闘を描いたのはあだしごとではない。そしてとりわけルネッサンス人にとって、地図や海図、天文図や人体解剖はなんとスリルと冒険にみちたものだったことだろう。マルコ・ポーロとコロンブス、ケプラーとレオナルド。そして共和国のさまざまな都市プランナーたち…。

だが、同じく"図"に執着するにもせよ、『地図の思想』の著者の第二エッセイ集『未来図の世界』は、その名の通り空間の旅行記ではない。小松氏の軽快な足は四十年後のサラリーマン生活をちょっとのぞいてみたあとで五十万年後の人類死滅に立ち会い、怨霊や怪談の中の妖怪がひしめく祖先伝来の地獄から這い上って二十世紀のヒロシマを歩いている。

いわゆる伝統、いわゆるアクチュアリテ、いわゆる未来社会といった窮屈な縄張り式カテゴリーはこの金斗雲にまたがったいささか饒舌でそうぞうしい光速運動者の前にひとたまりもなくケシ飛んでしまう。現在と過去、未来と現在は、なにやら意味ありげな縄張りの中でお山の大将をきめこんでいることを脱して、さながら共和国市民のようにおたがいに自由な対話と討論に参加しはじめる。

このさまざまな時間が一堂に会して、名司会者の達弁にリードされながら進行していく壮大なティーチ・インが痛快でないとしたら何をもって痛快というか。

ところであらゆる時間を相互に相対化し時間を「未来図」として空間化するとき、ここに何が起こるか。世界は、一見、天地創世以前のカオスに立ち戻るだろう。いやこの終戦当時十四歳二ヵ月だった戦後派作家にとっては、これを「廃墟」と呼ぶ方がふさわしい。驚くべきことはそこから先にある。廃墟はここでは感傷的風景でもなければ、非生産的な無でもない。質もしくは価値としてではなくて、量的関係として捉えられた廃墟は、突然「生産性」をおびるのだ。

時間、価値、意味等を完全に除去されたこの空間に、世界と、その文明の一切をおいてみると、そこでは、認識されるあらゆるものが、一切の序列をはなれて、完全な等価値—あるいは無価値と、同時併存性をもつことに気づくだろう。

したがって「便所の壺にはまったグランド・ピアノで"赤旗の歌"を弾く紫式部」といった組合わせがそこでは無限に可能になり問題はこの「無限の組合わせ"あそび"」の中から「現実に有効なもの」をとりだしてくることになる。といっても、その場合プラグマチックな実行原則が最終的に選定基準になるといったケチなものではない。「廃墟空間においては一切の生産が"あそび"である」

一切が相対化され、したがってナンセンスと化したこの空間では実行原則と快楽原則、科学的認識と倫理的意味がたがいに支えあい入れ替えのきくものとなる。こうして「空想から科学へ」は「科学から空想へ」に補われて可逆的な通路をうがち、「神曲」と「人間喜劇」と「ナンセンス喜劇」たるSFが融通無碍に交流する。廃墟空間の生産性はその意味で生産的なのであり、したがってそれはおそろしくナンセンスであると"同時に"おそらく崇高たりうるのだ。

とりあえず小松氏のプランナーとしての本領が発揮されるのはこのときからである。既成の縄張りをボカスカ破壊して痛快がってばかりいるのが能ではない。神戸の「夢のかけ橋」について、万国博について、東京都の人口問題について、焦立たしげにもしくは楽しげに、つぎつぎにプランを提出してみせるときの小松氏は、あきらかに「日本文化私観」の衣鉢をつぐ廃墟の子でありながら、たったいま大旅行家や都市プランナーや世界航海者たちが語り合っていた共和国の広場から時間機をくぐってやってきたイタリア・ルネッサンス正嫡の子の子でもあるらしい。冒険家の情熱とプランナーの知性は、ここでも一枚の"図"の上でめぐり合う。知性も情熱もそれ自体が栄光なのではなくて、未来図設計者のトポロジックな位相としてこそ意味があるのだから。
未来図の世界 / 小松 左京
未来図の世界
  • 著者:小松 左京
  • 出版社:講談社
  • 装丁:-(284ページ)

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初出メディア

日本読書新聞(終刊)

日本読書新聞(終刊) 1966年10月31日

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