対談・鼎談

中野 収『ビートルズ現象』(紀伊國屋書店)|丸谷才一+木村尚三郎+山崎正和の読書鼎談

  • 2019/05/13
ビートルズ現象 / 中野 収
ビートルズ現象
  • 著者:中野 収
  • 出版社:紀伊国屋書店
  • 装丁:-(188ページ)
  • ASIN: B000J8RIJE

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山崎 これは、一九六〇年代に様々なブームがあったなかで、ひときわ顕著であったビートルズという集団の性格を考え、爆発的なブーム現象というものの意味を考えている本です。

それは、まずブームとして、非常に量的に大きな現象であった。もっと細かく見れば、ビートルズ自身の表現のなかに、過去にはなかった特性があった。たとえば、芸術と政治とを結びつけるのがビートルズの一つの特色ですけれども、かつての政治優先的な態度ではなくて、逆に文化の変革のほうから、社会にショックを与えていこうという姿勢が見られる。それから体制に対する拒否の姿勢を貫きながらも、たとえばイギリスの勲章をもらうというような、非常に屈折した拒否の仕方。そういう特色を指摘しているわけです。

この現象のもう一つの大きな特色は、ビートルズ自身、およびそれを支持した若年層の中に、独特の姿勢が見られたということです。それは自分自身、何か非常に強烈な表現に似たことをしながら、それを理解されたり、説明をされると、著しく腹を立てるということです。「おとなはわかってくれない」「おとなにはわからない」という言葉が、六〇年代大いに流行(はや)りましたけれども、ビートルズ現象はそれの最たるものであったと著者は受けとめています。

ところが、興味を惹くのは、著者はそういう現象に対してきわめておっかなびっくりの姿勢なんですね。この人はいま四十代前半で、大学でコミュニケーション論を仕事にしておられるらしい。六〇年代にすでにおとなであった人が、若者文化に対して一種の憧憬と、驚異と、まぶしげなまなざしを向けている。そしてそれに対して、かなり犀利な説明、分析をしながら、そのことに強烈なうしろめたさを繰り返し表現しているのがこの本の特色です。

じつは、これは六〇年代の学園紛争というものを前にしたときの教師たち、あるいは中年の知識人たち一般のなかにあった一つの典型的な姿勢なんですね。一方で同情や理解をしめしながらも、何となく自分の立場というものが明確ではなくて、理解しながら、理解しては申しわけないという態度が片っ方にある。そういう意味で、わたくしが興味を持ったのは、ビートルズ現象であると同時に、「ビートルズ現象」現象であったということですね。

丸谷 「進歩的文化人」という言葉がありますね。それをもじって「ビートルズ的自由人」というものを考えれば、この本の著者になるんじゃなかろうかと思いました。ただし普通のビートルズ的自由人は、これだけ自分の自由の感覚を分析することも、表現することもできない。この人はそれができるだけのものすごい才能をもっている。

山崎 それはあります。

丸谷 その才能のよってきたる所以というものに、ぼくはたいへん興味がありました。それはおそらく分析不可能なことでしょうね。

木村 よくもこう長い本を書いたものだと感心しますね。最後のほうにご自分でいってらっしゃるんですけど、〈……と、面倒なことをいってきましたが、ビートルズについては、もっと気軽に考えていいはずだ、というのがぼくの本当の気持です〉(笑)

丸谷 だってコミュニケーション論なんてものは、もともと気楽に考えていいことを難しく考える商売じゃないの(笑)。

木村 六〇年代が変革期だと書いていらっしゃいますけれども、どういう意味で変革期なのかよくわからない。なぜ六〇年代だけにビートルズが流行ったか。たまたまビートルズがいたからだということ以外に何かあるのか。それがこの本からはよくわかりません。それから、トータル・カルチャーとサブ・カルチャーという言葉がさかんに出てくるけれども、トータル・カルチャーとは何か、そこのところも茫漠としている。

それから、ここであがっている様々な時代の証言というのが、主としてイギリス人、アメリカ人のものであって、日本人のものとしては、渋谷陽一という方の、〈ことビートルズとなるとメロメロになって〉という、これだけなんですね。いったい日本でビートルズが受け入れられた状況は、欧米とはたして同じだったかどうか。これもよくわからんですね。ともかく、あんまり難しいことをいわなくてもいいんじゃないか(笑)。

山崎 著者と学生たちとのやりとりが書いてありますね。

「一体、君達は何がいいたいんだ」「それが、うまくいえないんですが、どうも変なんだな」それから何分か、お互いの気持をさぐりあう、肩のこる、気まずいやりとりが続きました。その結果、ぼくは、かれらの気持を次のように了解できたのです。

それがこの本の中身なんですね。

ちなみに、そのときわたくしならどういったか。「いったいきみたちは何がいいたいんだ」「それがうまくいえないんですが」「いえるようになったらまたおいで」これがわたくしの一貫した姿勢だったように思うのです。

丸谷 ほかの国と違って、イギリスではたいへん露骨に、服装その他言葉遣いに至るまで、一切の風俗においてヴィクトリアニズムの抑制が強かったでしょう。上流、中流、下層という、極端に身分規制の強いイギリス社会の場合に、下層の青年たちのそれに対する爆発力として、ビートルズの風俗があった。しかも、この本を読んで初めて知ったことなんだけれども、ビートルズはハンブルグに演奏旅行して、敗戦国の文化を身に受けることによって、その爆発力を得た。ですから、一種の戦後文化的なものが、ようやく六〇年代のイギリスにおいて爆発した。その抑圧されてきた力が強いから、こんどは全世界的に伝播する力をもったんだと思うんですね。

山崎 それから六〇年代というのは、一つはテレビ文化というものが史上初めてできたんですね。それからもう一つ、レコードの製造技術が非常に進んだ。LPなるものがきわめて安くなった。わたくしどもの学生時代、LPというのは、学生の一ヵ月分の小遣いでしたよ、一枚で。それがいまでは、一日分のアルバイト料の三分の一の値段で買えるようになってしまった。この変化というのは革命だったわけです。そこで、こういう種類の流行を何でも拡大する状況ができてきた。ですから何でも流行る。流行るということが流行る時代だったんです。それは単にメディアが変っただけではないんで、やはり世界的に大衆化現象が進んだということですね。大衆化現象というものは、人間をたいへんしあわせにする反面、不幸にもするわけで、いま丸谷さんがおっしゃった、非常に厳しい階級規制が緩んで、文化的にお互いが自由になってしまったときに、どうしていいのかわからない。それは例の「怒れる若者たち」、ちょうどビートルズの前の世代ですけれども、その中にはっきりと出てるんですね。たとえばオズボーンの『怒りをこめてふり返れ』を見ると、下層の男の子が上流の女の子と同棲生活して、その中に二人のやりきれない気持が渦巻いている。それはいってみれば、階級的憎悪などという明快なものがなくなってしまって、しかも新しい気持ももちようがないので、ひたすら不機嫌なんですね。

丸谷 あれはむしろ、階級という明快なものがあったらどんなにいいだろうという芝居ね。

山崎 まったくそうなんです。これはまさに不機嫌という現象なんでしょうね。不機嫌というのは、自分の気分を表明はするんですが決してそれを説明しない。相手に理解されることは期待してるんですが、相手がそれに合理的な説明を加えて、納得してくれると、猛烈に腹が立つんですね。しかし一方では孤独に耐えがたくて、つねに相手と繋がっていたい。そういう矛盾した感情が、ビートルズに象徴的に表われている。大きな声で叫ぶ。何をいっているのかわからない。それをわかろうとしてやってきたおとなたち、特にジャーナリストは、これこそいいおもちゃであって、さんざんな目にあわされるわけですね。

木村 いまはビートルズというものに昔のような熱狂をもつことはないと書いてありますね。いってみれば、ビートルズ現象というのは風化しつつあるわけです。これはなぜなのか。カセットとか、ラジオとか、テレビとか、こういったものが人びとの手に普及してしまったからビートルズは新鮮なものとしては映らないということだけなのか。あるいはそれだけではないのか。六〇年代が、七〇年代と基本的に違うのか違わないのか、その辺がどうもはっきりしません。

山崎 つまり六〇年代というのは、日本にとっても特殊な時代でしたが、世界の先進国にとっても特殊な時代だったと思うんです。とにかく人類があまり体験しなかった平和と好況が続いた時代なんですね。しかもその中で、一方で大衆化ということが起こってきた。生理的な危機が当面はなくなっていて、そのくせ次の新しい要求というものは、ありふれた言葉でいえばアイデンティティ、自分は誰かでありたいという要求で、そんなものは満たされない。非常に中途半端な時代でしょう。

木村 これを読んでわたしが非常に感心したのは、『ビートルズ事典』からの引用という、問答があるんですね。

「――デトロイトではビートルズ排斥運動が起こっていますが」「それじゃあ、早速デトロイト排斥運動を起こそう」

「――誰にも気づかれずに、町を歩きたいとは思いませんか?」「ぼくはいつもポケットにお金がないことを、誰にも気づかれずに町を歩いている」

「――ベートーベンをどう思いますか」「いいですね、特に彼の詩が」

「――幸せって卵の形をしていると思わない?」「それは卵の料理法によるよ」

私にはビートルズの音楽よりこの問答のほうが素晴らしい(笑)。機知に富んでますね。おそらくこのセンスが、彼らが世界的に成功した一つの原因じゃないかと思いますけどね。

山崎 わたくしは、あの時代は「ブームのブーム時代」だったと書いたんですが、いろんなブームが六〇年代には起こっているわけです。ダッコちゃんブームから、ワッペン・ブームまであった時代なんですね。

丸谷 この時代に、ミニ・スカートが始まってるわけでしょう。ミニ・スカートとビートルズは、発祥地が同じイギリスであるという点で、また両方ともたいへん幼児的な文化であるという点で、共通してるわけです。ところがこの筆者はそういう括り方をしないのね。

山崎 そうなんです。

丸谷 比較による論評というものを、批評家は必ずするものなのに、この人はそれをしない。そのせいで、この人は批評家であるよりもむしろファンであるという感じがしてしまうんじゃないでしょうか。

木村 そう、

この曲の質を、極めて主観的にいいますと、すぐれたクラシック作品が、もっとも適した演奏者を得て、肌に粟を生じさせるような演奏をしたときに感じる、あの戦慄に近い、いやあれと同等のものをもっているように思えました。

これなんですね。著者自身がぞくぞくっとしてるんですね。

山崎 メロメロになってるんだ(笑)。そのくせ、それに対して何となく、「わたしが理解しちゃ申しわけないが」というのがつねについてくるところが、この人のおもしろさなんですよ。

木村 もっと居直ったらいいのにね、四十男として。

丸谷 医者になろうとするよりも、患者になろうとするような、そういう感じのする医学書ですね、これは。自分の内部の、医者という側面を書き落していると思います。

ビートルズ現象 / 中野 収
ビートルズ現象
  • 著者:中野 収
  • 出版社:紀伊国屋書店
  • 装丁:-(188ページ)
  • ASIN: B000J8RIJE

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【この対談・鼎談が収録されている書籍】
鼎談書評  / 丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
鼎談書評
  • 著者:丸谷才一,木村尚三郎,山崎正和
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:-(326ページ)
  • 発売日:1979-09-00
  • ASIN: B000J8ET3C

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初出メディア

文藝春秋

文藝春秋 1978年5月16日

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