コラム
ジョン・バーニンガム『おじいちゃん』(ほるぷ出版)、『ガンピーさんのふなあそび』(ほるぷ出版)、『ねえ、どれが いい?』(評論社)
究極の選択、真剣勝負
もう二十年近く前のことになるが、ジョン・バーニンガムさんの絵本の翻訳をさせてもらった。正直言って、今その訳を見ると「あちゃー」と頭を抱えたくなる。意味は間違っていないし、それなりに楽しくわかりやすい日本語をこころがけてはいるものの、絵本の肝(きも)となるセリフが、ぴたっとしていない。原文の英語にひきずられたせいだろう。「ぴたっとしていない」という思いは、息子に読んでやったとき、切実に感じた。子どもの顔を見ながら、その場で口から出てきた日本語のほうが、よほどいいように思われた。悔いは残るが、この苦さを、これからの仕事に生かしたいと思っている。
さて、そんなご縁で私の本棚には、ジョン・バーニンガムさんの絵本が何冊かある。『おじいちゃん』(ほるぷ出版・一四一八円)『ガンピーさんのふなあそび』(ほるぷ出版・一二六〇円)などの名作を見ていると、つくづく絵のうまい人だなあと思う。そして、こんなに絵のうまい人が、こんなに素敵なお話をも書けることに、感謝したいような気持ちになる。
息子が一番好きなのは『ねえ、どれが いい?』という、いわば究極の選択の絵本。
「きみんちのまわりがかわるとしたら、大水と、大雪と、ジャングルと、ねえ、どれがいい?」といった質問が次々と出てくる。
楽しい選択肢(せんたくし)が並んでいて迷ってしまうものから、「くものシチュー、かたつむりのおだんご、虫のおかゆ、へびのジュース」のどれなら食べられるか、といった悩ましいものまで。ページをめくるごとに、真剣に考える子どもの顔を見ていると、絵本は絵空事ではないのだな、と思う。
たとえば「ぞうにおふろのおゆをのまれちゃう、たかにごはんを食べられちゃう、ぶたにずぼんをはかれちゃう、かばにふとんをとられちゃうとしたら、ねえ、どれがいい?」というところでは、悩みに悩んだすえ「ぶたにずぼん」を選んだ。「だって、ずぼんは、べつのがあるでしょ?」というのが、その理由。
「もし、かばにふとんをとられたら、おかあさんのベッドにいれてあげるけど」と言うと、「あ、それなら、かばのほうにする!」と顔をぱっと明るくした。今、ここにかばが来てもいいというぐらいの気持ちなのが、よくわかった。
「どれも、いや」とか「どうせ絵本のなかのことでしょ」という発想がない。ここで答えを出さなければ、次には進めないという真剣さ。こんなふうに本と向き合えるなんて、なんだかうらやましい。
またそのいっぽうで、絵本と現実の世界は違うということも、わかりはじめているようだ。散歩の絵本を読んでいるとき「ねえねえ、キミも一緒に行こうよ」と登場人物の声で誘ったら「あの、でも、ごほんのなかには、はいれないの」と、申し訳なさそうに断られてしまった。
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